遅いよ
待っていた彼は、郷へ帰省して来なかった。
連休の一週間ほど前、メールが届いた。
《相談があるんだ。連休に帰るから会えるかな?また連絡する》
彼女は、その日を待っていた。
彼と彼女は、彼が中学二年の連休明けに引っ越してきてからの知り合いだ。
恋人のように付き合っているわけじゃなかったが、同性よりも気が置けない付き合いだ。
だから相談と聞いて、少しでも力になれたらと彼女は待っていたのだった。
(きっと、仕事で帰省できなかったんだわ)
(それとも、彼女でもできて旅行に行っちゃったのかな)
(待ちぼうけだったけど、他に予定を作らなかったからゆっくり過ごせた気がする)
その夜だった。
彼からメールが届いた。
《あの公園で待ってる。ずっと来るまで》
彼女は、「はぁ」と大きく溜め息をついたが、ひとりでに笑顔がこぼれた。
日が長くなってきたとはいえ、まだ夕暮れは早い。
あの公園は、遠足や授業でもよく利用する公園だ。
彼も彼女も、何度も訪れた。
道路からは見えにくいが、敷地内は、四季折々に花や木が彩を見せてくれる。
この時期は、どの木も新緑が色濃くなり、木漏れ日が揺らめくほど生い茂り始める。
外灯も、仄かに照らされてはいるものの、やや怖い感じは、否めない。
だが、友人との待ち合わせにも使っていたのでこの時間でもわりに平気だった。
それに今日は、彼とのふたりだけの待ち合わせ。気持ちは、浮き足立っていた。
公園の中ほどの広がりが見えてきた。
その右側のベンチに人影を見つけた。
「もう、遅いよ」
ベンチに近づくに連れ、その影は薄れていった。
「あれ?見間違い?ねえ来てるの?」
彼女は、声を上げる。
彼女の髪を暖かさが通り抜けた。
「ん?ベンチに座るの?いいよ。ねえ……」
彼女は、ベンチに腰掛けた。
「え?どうして?後を見てはいけないの?恥ずかしいって…わかった」
彼女は、お気に入りのスカートを直しながらベンチに座り直した。
「で、なあに?相談って……」
しばらく風の音と髪を揺らす温もりを彼女は感じた。
そして……。
大粒の涙が、彼女の手の甲に落ちた。
「……お、遅いよ……」
彼女の見上げた空には、大きな満月が輝いていた。
彼女の握る携帯電話。
《僕の大好きな人へ。たったひとりの人にしたかった。それを言いに来たよ。愛してる》
彼女は涙で文字が読めなくなった。
ただ黒い待ち受け画面に月が映っていた。
彼の訃報を聞いたのは、その翌朝だった。
− 了 −