Haus des Teufels
§ 訪問者 §
熱いシャワーを浴び、届いたばかりの夕刊を読んで一息入れていた。
職住一体の特典だ、もう外には出ないと決心した。
夜の営業まで、階下に行く必要もないだろう。
「マスター、お客様です」
上戸由香里の、普段より一音階高い声が聞こえた。
しかも、”様”付きだ。
賭けてもいい、こんな時は男に決まっている。
それも、”イケメン”だ。
二階の自宅から戻ると、確かに当たっていた。
ボルサリーノを手にした背の高い男が、姿勢を正して立っていた。
特徴的なのは、日本人離れした銀色の髪と彫りの深い顔。
そして、眼力だった。
意思や内面の強さだけではなく、闇を見通す光が宿っていた。
「初めてお目にかかります。伊集院家の者です。」
朗々とした声だった。
「真子さまが、お世話になりました。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
若く見えるが、落ち着いた物腰だ。
私は、後で由香里に殴られないよう紳士を気取った。
「どうぞ、お楽に」
誰もいない店内、カウンターの一番良い席を勧めた。
入り口と……私の定位置から一番遠い席だ。
彼は座る代わりに、上流階級の身勝手さを申し訳なさそうに伝えた。
「突然のお願いで恐縮でございますが、ご足労いただけませんでしょうか?」
悲観は連鎖する。
だが、悲観するか否かは自分で決められる。
私は丁重にお断りした。
作品名:Haus des Teufels 作家名:中村 美月