母と歩けば
「ああ、そうか」
母のひと言で、おかしなことに、キングズチャペルの高いはずの天井が急にぐっと低くなり、ステンドグラスの光も弱々しく褪せてしまったような気がした。
滝川の家とは母の実家で、大きな屋根をのせた柱の太いその家は築四百年はたっていると昔聞かされた覚えがある。あちこち改築の手を加えてしまっているので文化遺産的な価値は大してないのだろうが、それでも戦国末期に建てられた農家が、子子孫孫、現代まで受け継がれているというのは、それはそれで貴重なことのように思われた。
滝川で大工がのこぎりを挽いているときに、遠くこのケンブリッジでは職人たちが天井の細工に精を出している最中だったかもしれないと想像すると愉快だった。
ぼくは母と並んで長い礼拝席に腰を下ろした。観光客らの歩く靴音とささやくような話し声が高い天井に反響して、心地よい調べとなって耳に届く。
「新しい靴はどう?」
「うん、ちょうどいいみたい」
ティーガーデンのある村を出たぼくと母は、カム川に導かれるようにして町の中心まで歩いた。今回の旅では「いくらでも歩ける。全然疲れないよ」と頼もしいくらい元気のよかった母も、牧草地を抜ける辺りでさすがに「少し踵が痛い」と言いだした。
そのうえ、右足の靴が壊れてしまった。小指に近いところの革の一部が靴底からはがれ穴があいてしまったのだ。
そこで、去年スニーカーを買ったことのある大きな靴屋に母を連れていった。小柄な母の足はここでは子供サイズになってしまうが、なぜか母が気に入った紺色のパンプスは足にぴったりだった。
珍しく愛想のいい店員のおじさんは、ぼくらが日本からの旅行者で、ついさっき靴が壊れてしまったと知ると、「修理してもらえばまだ十分に履けますよ」と、まるで商売っ気のない親切心で、すぐ近くにある修理屋までの道順を説明し始めたのだが、母は目の前のパンプスにすっかり魅せられている様子。
「せっかくですが、母はこの靴ではここから動けそうにありません」
ぼくが苦笑いすると、おじさんは、「おやおや。まあ確かに、このパンプスはちょうど今朝並べたばかりなんですよ。はるばる日本からやってくる主を待ってたんでしょうかねえ」などと、おおげさな冗談を言ってのけた。
日本から履いてきた靴がだめになって気を落としていた母はすっかり気分を良くして、ぼくがレジで支払いを済ませるとさっそく新しいのに履きかえた。不思議と表情まで明るくなった。
おじさんが壊れた靴の末路を案じたので、「日本に持って帰って、思い出にそのままとっておくそうです」と教えてあげた。
「穴があくまであちこち歩き回った楽しい記憶がよみがえってくるでしょうね」
おじさんはウインクしてみせた。
「日本の主を待っていただけのことはあるね。なかなかいい靴じゃん」
「色がいいんだよ。紺だけど明るくて」
「そうだね。でも、靴ずれするかもしれないし、帰りはタクシーで帰るか」
そう言うと、今すぐ発つと思ったのか、
「もう帰っちゃうの? そんな話しないでよ」
と、母は悲しげに口元をゆがめた。
「まだいいよ。ここでゆっくり休んでいけば」
「そうだ、そうだ」
今度は満足げに首を縦に大きくふる。
「でも、明日は飛行機に乗って帰るんだよ」
「そっか、もう終わりかあ。またあのうちに帰るのかあ」
「不満なんだ?」
「わかるでしょ、あんただって。ミチオだよ。ミチオなんてさ、一人でやってきゃいいのにさあ」
母は言葉とは裏腹に、楽しげに微笑んだ。
「一人暮らししてるミチオは想像できないよ」
「今してるじゃない」
「そりゃあ、帰ってくるのがわかってるからでしょうが」
「あてにされても困るんだよねえ」
母は頬を緩めたまま、静かに目を閉じた。
母だって父のことをあてにしているんじゃないのか。今だって病院に行くときは、父に付いてきてもらいたがるというのに。
母が丘の上の病院に入っていたとき、見舞いに行った帰りに寄っていたラーメン屋で、父が語った言葉をふいに思い出した。あれは多分、母は働きに出ていたほうが生き生きとしていられるタイプだったのではないかとぼくが何気なくこぼしたときだ。
「うちのおふくろは苦労したんだよ。親父は戦争に行って死んじゃったからよ、おれたち子供食わせるために一人で働かなきゃなんなかったんだよ。畑仕事やったり、新聞配達だの内職だのよ、何か見つけてきちゃあ何でもやってたよ。おまえみたいにお母さんと遊んだり、一緒に出かけたりした記憶なんて全然ねえよ。まあ、昔はみんなどこもそんなもんだったと思うけどな、結婚したときおれはそういう家にはしたくなかったんだよ。おれが働いて、お母さんにはおまえたち子供の面倒をちゃんとみてもらう。そのほうがうまくいくって思ってよ」
ビールの酔いのせいもあったのだろう、それは初めて父が心のうちを明かした姿だった。
最初から父を責めるつもりなど毛頭なかった。そんなことになんの意味もないことくらい、ぼくにも十分わかっていた。
苦い顔をして手酌でビールを何度もあおる父に、ぼくは遠い景色を眺めるような気分でただぼんやりと目を向け続けていた。
練習のためなのか、パイプオルガンが鳴りだした。ぼくはずっと先の祭壇に灯されたろうそくの明かりを見つめてから目をつむった。
どうか、母がまだまだ、これからもずっと歩き続けられますように。父と一緒に、歩いていけますように。
自然と、そんな言葉が心に浮かんだ。
まぶたを上げて、優美なアーチ型の天井を仰ぎ見る。
何世紀にもわたってここでくり返されてきた数多の祈りがいったい何であったのか、それをぼくが知らないように、この今のひそかな祈りに気づく人はここにはいないだろう。それはあの、手の届くはずのない天井の襞のすきまにすっとしみ込んで、ここには何事もなかったように、ステンドグラスから光がまっすぐに伸び、オルガンの音が満ちているだけだ。
それでも、ぼくはもう一度だけ祈ってみる。
どうか、母がまだまだ、これからもずっと歩き続けられますように。父と一緒に、歩いていけますように。