スタル・チャイルド
「『死んでいる子供』・・・?確かに僕達は『スタル・チャイルド』だけど、そんなの当たり前じゃないか」
僕が反発するとリールは僕を流し目で見ながら言った。
「当たり前?じゃあ貴男は何で『スタル・チャイルド』なんですか?」
「何でって・・・」
僕はハッとした。『何でスタル・チャイルド』?生まれたときからという言葉は存在しない。なぜなら僕を生んだのは誰か、なんで生んだのか分からないからだ。
僕の戸惑いを見透かしたのかリールは「ふふん」と笑って
「これだけ教えてあげましょう、ワイヅ君。私達は何故永遠に子供として生かされて戦わされているのか」
微笑みをたたえながらリールは僕をじっと見つめた。
「何故・・・なんだい?」
「大人は子供と違って狂ってしまうからですよ」
少しの間。でも僕には1時間くらいに感じた一言だった。
「えっ・・・」
完全無欠、それが『大人』であって、不完全で欠陥があるのが僕達『子供』なんだと、僕達は教えられてきた。それをリールは一言で否定した。僕の心は大きく揺れた。
「大人には限られた時間と、失ってしまった時間があります」
リールはまた歩き始めながらしゃべり始めた。
「限られた時間?寿命の事かい?」
「そうです。その寿命故に大人は狂う。何故だと思いますか?」
僕は再び黙り込んでしまった。そんなこと、考えたこともなかった。寿命はただ死んでいくだけのタイムリミットだと思っていた。
「焦ってしまうんですよ」
僕が必死で考えているのを気づいたのか、リールは答えた。
「自分が死ぬ前に、自分が生きる理由、戦う理由、自分が生きている証拠・・・まあ色々ありますが、それらを考えるのには大人には時間が足りないのです。だから焦る・・・そして、何より」
ここでリールは言葉を切り、僕をまた切れ長の青い瞳で流し目にしてニィッと笑った。
「自分が『子供』だった事を忘れてしまうんですよ」
「『子供』だったことを忘れる・・・?でも大人は完全無欠なんだから忘れたって構わないんじゃないのか?」
「忘れてはならないこともあるのですよ。子供時代に学んだことは・・・例えば優しさや孤独、涙するときの心の震え・・・」
「全部・・・僕達は持っていない・・・僕達は子供じゃないのかい?」
「ふぅ・・・何でもかんでも質問すれば答えてくれる訳じゃありませんよ」
「さっきこれだけは教えてくれるっていったじゃないか。まだ全部聞いていないよ」
「・・・・子供には・・・私達のように永遠を生きる『スタル・チャイルド』にはタイムリミットなんて無いんですよ」
その答えに僕は納得しなかった。僕達は「生きる理由」も「戦う理由」も何も考える必要はない。でも、リールはそれきり黙ってしまった。
僕達は僕の部屋がある建物の前に着いた。
「2階が私の部屋ですね?」
「うん。」
僕が自室に入ろうとすると、リールが2階へあがる螺旋階段から突然声をかけた。
「さっきの話の続き、聞きたいですか?」
僕は上を見上げた。
「うん」
頷くと、リールはニッコリと笑って教えてくれた。
「貴男は・・・『人間』になりたいですか?」
僕はまた頷いた。手術を受けてからだ。ずっとずっと、僕は人間らしくなりたかった。するとリールはまた微笑み手を僕の方に差し出した。握ってという意志は感じられない。だけど、僕も彼女に向かって手を伸ばした。
「私と貴男は同じですね」
リールは続けた
「私達は生きる理由も、戦う理由も、生きてる証拠も知らなくてはならない。そして私達には無限の時間がある。なぜなら私達は『永遠の子供』・・・優しさや孤独、涙や微笑みの全てを忘れることは無いのだから」
嗚呼、そうか。そういうことなのか。
今日会った少年に涙した理由、それがほんの少し分かった気がする。あれはきっと孤独だ。少年から無意識のうちに感じた孤独に僕の心は震えたんだ。そして涙したんだろう。きっと少年の命は明日に散るだろう。『感情』も何も知らないまま、『死んでいる子供』として。
そして僕はまた涙した。手を向けているリールを見上げ、僕がほんの少しでも人間になれたことに感謝と悲しみの涙を流した。
僕達は砂漠に近いこのオアシスの街を拠点に様々な所で様々な人間に雇われる。雇われれば戦争にも行くし、要人警護もするし暗殺だってする。もちろん雇われているのだから給料も出ている。ただ、「スタル・チャイルド」は戦いの道具として見られ、また「スタル・チャイルド」自身も「自分たちは強くなればいいだけ」と思っているので、金なんてほとんど使わない。使わないまま死んでいくから結局使われなかった金は、戦わないで命令しか出さない「大人」達の手に渡っていく。
僕も、それは当たり前で金はほとんど必要の無いものと思っていたが、やはりリールは違った考えを持っていた。ある日、リールが飯を作ったから食べに来てくれ、と誘ってきてくれたときにこの話になった。
「私達は常に危ないところを渡っているのに、私達には何も与えられないなんて理不尽だと思いませんか?」
と、リールはむっとした顔でミソスープと呼ばれるスープを飲んだ。一瞬泥のスープかと思ったが、意外と美味しかった。リールがいた国の伝統料理なんだそうだ。
「でも、僕達が必要なのは食費くらいじゃないか。他に何か必要なのかい?」
「駄目ですね・・・駄目です、ワイヅ。『人間』に必要なのは欲ですよ欲。」
「欲?でも欲ってあんまりよくない感情じゃないか?食欲とかは大切だけど・・・ほら、貪欲とか強欲とかいうじゃないか」
「それも『人間』には必要なんですよ。」
スプーンをテーブルに置いてリールは肘をつきながら話し始めた。
「まず人間に必要なのは好奇心。強い好奇心、興味から欲は来ます。ワイヅ、貴男の欲求はなんですか?」
僕はサシミとかいう生の魚を無理矢理水で飲み込んだ。魚を生で出すのか・・・
「欲求か・・・そうだなあ・・・強くなることかな。」
「強くなることですか。それも言い換えれば好奇心から来ていると私は思いますよ」
「何で?」
リールは「ごちそうさま」と空になった食器に一礼して食器を片付け始めた。そして続ける。
「銃をどうしたら速く撃てるか、どういう作戦なら勝てるか、どう動いたら敵に刃が届くか・・・すべて興味や好奇心がなければできません。」
「全部人殺しっぽいたとえだな。」
「ええ、そうですよ。なぜなら・・・」
リールが言いかけるといきなり扉が開いた。
「大変です!!」
簡素な鎧を着たここの雑兵が駆け込んできた。
「何がありました?」
「襲撃です!!おそらくI国の特殊訓練部隊が続々とこの基地にやってきています!」
リールは部屋のクローゼットからマントと鎧を取り出して
「ワイヅ君、話の続きは後でゆっくり聞かせてあげます!」
とにこやかに戦闘準備をし始めた。
僕はリールの部屋を出た。思っていたより敵は多い。
「パキュンッ」
僕の横を弾丸が走った。
いちいち螺旋階段を降りてるヒマなんかないな・・・僕は螺旋階段から飛び降り、自分の部屋に駆け込んでリボルバーの入ったホルダーを取り付け、マントを羽織りサブマシンガンを手に取った。