さくらの正体
番組は終わった。その後、小津とさくらとの対談は好評で、新聞や雑誌が好意的に伝え、民主党の支持率がさらに上昇した。さくらは、決して意図したことではなかったが、その結果には満足した。政治に関心も兼ねてから持つサユリにとっては早期の政権交代は望ましいことだからだ。
しかし、サユリは、番組終了後から、ずっとふに落ちないことを感じ続けていた。小津は、何だって自分の番組に出たのか。テレビにしろ、ネットにしろ、小津が選挙運動のため出演すべき番組はたくさんある。なぜ、自分の番組が選ばれたのか。小津が何かを企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。
テレビ局のクイズ番組収録の終了後、深夜、サユリは団十郎と共に局の裏門を出た。ハイヤーの車のところまでいこうとした。突然、目の前を遮るように、黒塗りの車が、車から中年の女性が現れた。
「さくらさん、私は小津次郎の秘書です。よろしければ、これから小津と会っていただけませんか」
唐突に何だ。すぐにでも寝たい気分のさゆりは、そっけなく返した。
「いえ、私はこれから忙しいので。この前の番組でお話はじっくり出来たと思いますよ」
と無視して通り過ぎようとした。
「小津は、今度は上野さくらではなく、「上原サユリ」さんとお話がしたいと申しているのです」
と秘書が言い、さくらと団十郎ははっとした。どういうことだ。さくらの本名など、一部の者しか知らない極秘情報なのに。
やはり、小津は何かを企んでいた、とサユリは悟った。
夜のレストラン
中はがらがらで、いるのは小津とサユリだけだった。
ドアの外には、護衛が立っている。次期総理ともなる大物政治家と二人きりでレストランの中にいるとは、実に奇妙な気分だ。小津はいったい何を考えているのか。
「私のことをどのくらいご存知なのですか、本名だけではないようですね」
とサユリは、小津にきく。小津は、待ってましたかとばかりに微笑み、
「もちろん、上原サユリ、神戸出身。東京大学法学部を卒業、財務省キャリアの内定が決まったのにもかかわらず、突然、辞退。今や、押しも押されぬ人気アイドル。本当は、とっても頭がよく政治に関心があるのに、無関心な女の子の振りをしている」
と言った。
「どうしてそんなことをしているか、その事情もお調べになったのでは?」
「ああ、調べたよ。だけど、弟さんもよくなり、もう、こんなお芝居を続ける必要はないのじゃないか」
と小津。微笑むのをやめ、突然、マジな視線をさゆりに送る。
「さくらから、サユリに戻れと。今更、そんなことできないでしょう。今の仕事にも不満はないですし、小津さんは私にどうしろとおっしゃりたいのですか」
「今の君は、まさに春に咲く桜のようだ。美しく、艶やかに咲いて、多くの人の目を楽しませる。だが、散った後、その茎から青々とした葉を出し、大木としてのエネルギーを見せつける。つまり見かけが艶やかなだけではなく内なる能力を秘めているということだ。能ある桜は、青々とした葉を隠す。ご存知だろうが、桜というのは、他の植物と違い、最初に艶やかな花びらを咲かせ、その後に、葉が生えてくるようになっている」
「そろそろ、花びらを散らせよと仰りたいのですか」
「ああ、君にはすばらしい能力がある。何よりも君は、そのことをよく分かっており、それを活かしたがっている。君がキャリア官僚に応募するとき、提出した政策論文を読んだよ。感激した。こんな有能な人間が日本の政界に入れば、日本はきっとよくなるだろう」
サユリは、小津の言葉に、ぐさっときた。だが、あまりにも唐突だ。心の準備が出来ていない。そんな様子のサユリを見つめながら小津は、追撃を加えるように言った。
「君をアイドルに仕立て上げた田母神だが、ずっと付き合いを続けるのは危険だ。知らないはずはなかろうが、あの男には黒い噂がつきまとう。実をいうと、我が党は、総理とあの田母神との間のよからぬ関係の内情を探っている。いずれは国会に突きつけようと考えているところだ」
サユリは、この場を逃げ出したくなった。何だか話しがとんでもない方向に進んでいっている。
「悪いんですけど、わたし、明日は早いんで、帰らせていただきます」
と言い、立ち上がり、レストランを出た。
しばらく歩くと黒塗りの車が目の前で止まった。見覚えのある車。田母神がいつも乗るベンツだ。車のドアが開いた。
「こんばんは、ボス」
とサユリは挨拶して、後部座席に田母神と並んで乗った。運転席には団十郎がいる。車が発進した。
「小津と会っていたそうだな。あの男とは親しいのか」
「いいえ、この前のトーク・ショーで、私のことが気に入ったらしくて、それで、また会いたくなったらしくて。顔に似ず、スケベ心があるみたいですわ。今、嫌になって抜け出してきたところです」
「そうか。いいか、今度は、総理の阿冒をトーク・ショーにゲストとして迎えろ。そうなるように手を回しておいた」
「あら、政治的な公平性からですか」
「いや、違う。阿冒をわしが応援しているからだ。あの男には選挙の後も引き続き、総理でいて貰わなければ困る。その意味でしっかりと阿冒をサポートしろ」
サユリは、二人の男に、挟まれた気分になった。
「さくらとトーク」で、阿冒総理をゲストとして呼んだ番組が始まった。
「本日のゲストは、日本の総理大臣、阿冒一郎さんです」
とさくらが紹介。年齢は60歳の老人で顔はあくどい。日本で一番不人気の男、次期総選挙で政治生命確実な男。支持率1桁代のじり貧。昨年の就任以来、失策、問題発言、閣僚の不祥事による辞任の連続。
田母神の注文で、この男の人気を盛り上げることをしろといわれたが、どうしたら、そんなことができるのか。国会での発言、提案する政策、どれも褒めようがない。ま、とりあえずは一般的な質問から。
「阿冒総理は、日本をどのような国にしたいと思っているのですか」
とさくら、にこにこしながらきく。
「誰もが幸せで希望のもてる国かな」
「国民はみんな幸せだと思いますか」
「そうだね、幸せだと思うよ。そうじゃないと思う?」
とゲスな顔をしかめていう。
「そうですね、でも、幸せでないとしたら、総理が幸せにするのでしょう」
とさくら。
「ああ、もちろん。最近は、みんなが幸せになるための給付金を配ることにした」
「一人当たり1万2千円が貰えるのですね」
「さくらちゃんは、うれしくない?」
「私にも貰えるのですね」とうれしそうに反応。さくらちゃんという呼び方に、少しむかっとしたが。
「そう誰もが貰える。働いている人も、働いていない人も、みんなが貰える」
とにこにこしながら言う。
「若い人の働けど貧しいといわれている状況はよくなっていくのでしょうか」
とさくら。
「うーん、よくしていかなければいけないけどね。たださ、若い者たちもなっとらんよ。定職に就かず、フリッターとかニートとかやって、親に世話になってばかりで、自立しないといかんよ」
といばった口調で言う。
「つまり、自己責任というわけですか」
とさくらはききかえす。
「ああ、そうだよ。甘ったれとるよ」
さくらは、超むかついた。こんな傲慢な考えの男が総理をやっているなんて!