プール
ミーン、ミンミン……。――――。
遠くで蝉の鳴き声がする。次第に水の底から浮かび上がってくる意識。僕はゆっくりと瞼を開いた。ぼんやりとした頭のままで、そっと体を起こす。周りを見渡すと僕はプールサイドの隅にいた。屋根のある日陰に倒れていたようだ。
次第に記憶と感覚がよみがえってくる。
暑い……。
むせかえるような熱気に頭がくらくらする。ああ、今は真夏。夏休みの真っ最中だ。太陽が狂ったように燃えて世界を照らしている。
そうだ、僕はあまりの暑さに目眩を起こしてここで休んでいたのだ。
地面に座ったまま自分の服をちらりと見る。僕の服はいつも通りの私服だった。いいや、違う。黒い服を着ていた。
そう、思いだした。
ここは学校のプール。
千草の水の事故以来、夏休み中のプールは閉鎖されていた。僕は今日、特別に中に入れてもらっていたのだ。
今日は、千草の命日だった。
僕は千草に会いに来た。けれど、かける言葉も何を思えばいいのかも分からなかった。僕の心は何も感じなくなっていたから。
あの日から僕はどこにも行けない。
けれど、そんな僕に千草が会いに来てくれたのかもしれない……。いいや、千草だって一人で寂しいのだろうか。ああ、僕らは二人でひとつ。けれど、どうしたって別々の人間だった。
僕は立ち上がり、プルーサイドの水辺に立った。水は張られたまま時を忘れたかのようだ。水は透明で光っていた。
千草。
そっと、呼びかけてみる。
返事はない。
何の音もしない。
寂しい、悲しい、哀しい、苦しい……。後悔、懺悔、絶望、喪失感。そして僕は様々な感情を思い出す。僕の心はようやく息をすることができるのかもしれない。痛みを感じるために。血を、流すために。
眩しい太陽、きらめく水面。眩しくて泣きたくなる風景。
世界をこの目に映す。
千草にはもう見えない世界。
瞳に映る世界はただ色もなく輝いていた。
僕は瞳を潤す涙はきっと、プールの消毒液の味がするのだろうなとぼんやり考えていた。
瞳から生きた水が流れる。
ああ、空。