戯曲 坐臥
狂い女:
ははははははははははははははは!!
哲学する男:(突然の笑い声と狂い女の存在に驚きを隠せない)
な、なんだお前は。
狂い女:
かちく。
哲学する男:
家畜? お前が?
狂い女、こくんと頷く。
哲学する男:(豪快に笑う)
ははははは! これはいい! 家畜、家畜! 確かにそうだ。人間はすべからく家畜じゃないか。お前は正直者だな。
狂い女:
お前は石か。お前は草か。お前は金か。お前は羊か。お前は山羊か。お前は爪か。お前は匙か。お前は炭か。お前は犬か。お前は泡か。お前は鉄か。お前はペストか。お前は蚯蚓か。お前はお前はお前はお前は。
哲学する男:
俺は家畜だ。たった今、そう分かったのだ。だから考えても分らぬのだな。答えは教育されなければならないのだ。そうしなければ分らないのだ、永遠に。
永遠の少女:(顔を上げ嬉々として)
永遠に!
哲学する男:
どんなに難しい言葉を重ねて、理屈で打ち負かしても、そんなものは何の意味もない。
愛を知る女:(再び半身を起して)
私たちにそうしてきたように! 知恵も感情を抑える力も劣る、女という私たちにそうしてきたように!
哲学する男:
意味なんてないのだ。善でもなく悪でもない、正しさなど公平ではない。全て無意味だ。愛も、永遠も、価値なんてない。いや、価値を理解する事が出来ないのだ。
狂い女:
かち、く。かち、く。かち、く。かち、く。かち、く……(虚ろに繰り返す)
愛を知る女:
ヒスだわ! ヒスをため込んだんだわ! なんて可哀そうに! 私達はヒステリーを神さまに与えられたっていうのに!
永遠の少女:
退屈だわ。我慢して何になるっていうの。そうして狂って、何になるっていうの。
哲学する男:(二人には見向きもせずに)
愛を知る事など出来るはずがない。なぜなら愛は人間の考えなど及びもしないほどに、大きな存在であるはずだからだ。知ったふりをして生き続ける事に、一体どれほどの価値があるのだ。小手先だけで人を打ち負かす事に喜びを感じるのは、人間として最も愚かだ。俺も、愚かなのだ。
哲学する男、狂い女の手を取り、優しく椅子へと座らせる。
狂い女:
かち、く。くの、かち。
哲学する男:
善でもない、悪でもない。どちらにもなれぬ曖昧な生き物。正しい事など分かるはずがない。絶対的な正解などどこにもない。誰しも同じで誰しも無価値だ。それでも消費するのだ。さあ、今こそ命の炎を!
椅子の背後に炎が上がる。
真っ赤な光の中、四人は影だけの存在になり、やがて暗転。
幕