小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

失敗の歴史を総括する小説

INDEX|7ページ/54ページ|

次のページ前のページ
 

「まずは、普通選挙制の実現だ。現状では、税金を一定額納めなければ政治参加するための選挙権を得ることは出来ない。それを、収入に関わらず、全ての民が投票をできるようにする制度に変えることだ」
 普通選挙か。龍一は父、源太郎が投票に行く時に、自分は従業員をも代表して投票に行くと言っていたことを思い出した。裕福な貿易商の父には、投票権はあったが、収入の少ない社員達にはなかったからだ。代議士を選ぶため投票に行くには、金持ちにならなければならない。だが、結果、金持ちが、金持ちのためだけの政治を行うことになってしまう。確かに、それは問題があると龍一は思った。
「我々、新聞記者は、民本主義においてどんな役割を果たすべきなのでしょう?」
 岸井の質問は続く。
「新聞は、言論を代表する機関だ。民本主義においては言論の自由が不可欠だ。皆が自由に議論し合い、何をなすべきか決める場が必要だ。何かを議論するには、土台となる情報が必要だ。新聞には、世の中で行われていることを民衆に伝える役割がある。それから、政治的な最終決定は代議士や官僚が決めるのだが、その代表者たる者どもが、民衆の意見に耳を傾けられるようにするために新聞は人々の意見を載せなければならない。君達には、そんな役割を期待したい」
 吉野氏が淡々と答える姿を龍一は、じっと見つめていた。
「こちらのお若い人には私の言っている言葉が分かったかな、何と言っても新聞記者になられたばかりと聞くが、どうやらきょとんとされているようだが」
 龍一は、その言葉に少しムカッときた。別に呆気にとられているわけではないと言いたかった。
「吉野先生のお言葉には感銘を受けます。さすが、イギリスに留学をされ進歩的な思想を広められているだけのことはありますね」
 西洋かぶれなのだろうかと、龍一はふと思い
「What you are saying is called "Democracy"? (貴方がおっしゃっていることはデモクラシーと呼ばれるものですね)」
と英語で質問した。龍一は、目の前のインテリ言者の反応を試したかった。
「That's right.(その通りだ)君はイギリスに行ったことがあるのかね。英語がうまいね」
と英語で返した。
「ノー。ですが、上海で育ったため英米人とは付き合いがあり、小学校までは英語の学校に通っていました」
「なるほど」
 岸井は、二人のやり取りにきょとんとしている。なぜなら、岸井には英語が理解できないからだ。
「私はデモクラシーは決してすばらしいものだとは思いません」
 龍一は、吉野氏に挑戦する気構えで言った。自分の意見がどうとかではなく、目の前の学者を論破してみたい誘惑に駆られたのだ。
「それは、どうしてかな?」
 吉野が言うと、
「デモクラシーは衆愚政治の元凶だと、古代ギリシャの哲学者プラトンが言っています。ギリシャのアテネは、デモクラシーのために政治が腐敗していったのです。民衆は、政治に無知であり、また、貪欲な性質を持っているため、結局のところ、政治を腐敗させてしまったのです」
 龍一は、上海で出会ったことのあるイギリス人が言っていた言葉を思い出した。その人は、イギリスの貴族階級の人だった。
「そのことはもちろん留意せねばいけないことだろう。だが、私は民衆が生じさせる不利益と特権階級が生じさせる不利益を比べた場合、民衆によるものの方が小さいと考える。また、デモクラシーは、現在は世界の潮流と言えよう」
「ロシアでは共産主義革命が起こっています。デモクラシーだけが世界の潮流だとは言えないのではないですか」
 龍一は、むっとして言い返した。
「ストップ! ここでやめだ」
 岸井が二人の抗論をとめた。岸井は、龍一をにらんでいた。
「岸井君、君はなかなか優秀な部下を持っているね。朝夕もますます活気づくことだろう」
 吉野氏は、微笑を浮かべて言った。
「とんでもございません。大変無礼なことをしてしまったようで」
 岸井は、困った表情を浮かべ言った。
「悪いが、時間がないので私は失礼するよ。これから講演なので」
 吉野氏は、そう言いながら、応接室を出て行った。
 しばらく、岸井と龍一の間に沈黙の時が流れた。
 岸井は言った。
「白川君、君は社に帰ってなさい。講演の取材は、私一人だけでする。社に戻ったら、自分の今後についてじっくり考えてなさい」
 岸井は、凍った表情で龍一を見つめ、さっさと応接室を出て行った。
 龍一は、応接室に一人残され思った。これは、首を意味するのだろうか。おそらく、そうだろう。それなら、それでいいやと思った。どうも自分には向いている仕事には思えない感じだ。
 辞めさせられるのなら、社に帰らず、下宿屋に帰ろう。
 龍一が下宿屋に戻ったのは、その日の晩だった。西洋料理店で久しぶりにワインを飲みビフテキを食べた。上海にいた頃を思い出しながら食事を楽しんだ。
 龍一が下宿屋に戻ると、大西がいた。
「おい、どないしとったんか。岸井部長が心配しとったで。お前がいのうなって、困った様子やったで。無断で家に帰ったらあかんぞ」
 大西は、にやにやしながら言った。龍一には不気味に思えた。怒っているのか、喜んでいるのか分からない表情だ。
「おい、夕飯付き合えや。今晩は俺がおごるで」
 大西は、龍一を力強く引っ張った。龍一は、もう食事を済ませてきたと言いたかったが、そんな余裕さえ与えない強引さだった。
 大西とは何度か行ったことがある飲み屋に来た。焼き鳥と日本酒が出された。龍一は満腹であったが義理で食べていた。
「部長がわいに頼みごとしてきたんや。何でも、お前をなだめて欲しいとか言ってな。お前、何でも吉野先生とやりやったそうやな」「はい、それで部長が怒って僕を首にしたがってたようで、それで無断で家に帰りました。どうせ首でしょう」
 龍一は、酒をぐいっと飲み込んだ。
「何言うとんか。あれから、部長、吉野先生にお前を首にしたと言ったんだが、そのことで吉野先生からこっぴどく叱られたらしくてな。お前のような前途有望な記者を首にするとは何と了見が狭いんやと言われ、首にするなら今後朝夕の取材は受けへんと言ったらしいんや。民本主義では、誰もが言いたいことをいい議論することが認められなあかんからってな」
「そうだったんですか。そんなことを吉野教授がおっしゃったんですか」
 龍一は驚いた。自分は突っかかったつもりだったが、相手は悪くは解さなかったようだ。「ええか。お前は吉野作蔵教授というど偉い方に見込まれたんやで。自信もたなあかんぞ。俺も嬉しいで。お前は、どうやら期待通りの男やったようやな」
 龍一は、急に気が抜け、不思議と腹が空いてきた。そして、焼き鳥を手に取りむさぼった。

 翌日、龍一は、社会部室でとても美しい女性に出会った。自分と同じぐらいの年頃の女性だ。思わず、一目惚れしそうな美しさだった。その上、その女性が龍一に近付いてくる。
 龍一は、心がどきどきした。
「よう、お嬢じゃないか。久しぶりやな。」
 真後ろにいた大西が、その女性に声をかけた。
「大西さん、やっと帰って参りましたわ。1ヶ月に及ぶ婦人運動の取材」
「おう、ようやったな。特集記事が楽しみやで」