明月院編
駅から電車に乗り、しばらく歩くと大きな音楽ホールが現れた。
入り口には大勢の人が並んでいて、立てかけてある看板を見ると、
『明月院 宏 クラシックコンサート』
と書かれていた。
明月院?
チラリと隣りの明月院さんを見上げると、私の視線に気づいてため息を吐く。
「俺の父親だ」
「明月院さんの、お父様……」
確かカレンが言ってたけど、明月院さんのお父様はクラシック界では世界的に有名なバイオリニストなんだよね。その人のコンサートなんだ。
開場時間が過ぎているから、あまりうろうろしているお客さんはいない。
ふと、会場のエントランスに入った所で明月院さんが足を止めた。
どうしたんだろう?
見上げると、奥の階段を睨んでいる。その方向に目を凝らしていると、一人の美しい顔立ちの男性がこちらへ近づいてきた。
「負け犬がこんな所に一体何の用ですか?」
ま、負け犬……? 何この人、すっごい……感じ悪い。
「彼女に自慢でもしようというんですか? 『僕の父は世界的に有名なバイオリニストなんだ、すごいだろ?』と。……まあ、僕はそんな事気にしませんが、チャラチャラとした音楽しか弾かない兄さんに、父さんのバイオリンが理解出来るとは思えませんね。君も、こんな負け犬なんかと付き合っていたら負け犬根性がうつってしまうよ、早めに見切りを付ける事をお勧めする……それでは僕は演奏の準備があるのでこれで」
一人しゃべって、その綺麗な顔の男性はいなくなってしまった。
何なの! 美形だったら何言っても許されるとでも思っているのかしらっ!?