明月院編
3
「寝ていないのか?」
朝一番、顔を合わせた瞬間に明月院さんに言われた一言。そう、私の顔は“寝不足です!”とまさに書いている状態なのだ。
「化粧品会社で働いているという自覚がないのか?」
静かに言われると、余計に申し訳なくなる。
クマがびっちり浮きあがった酷い顔は、昨夜カレンに借りた本や新製品の資料を読んでいたら、寝るタイミングを逸してしまった結果。知らないことばかりで色んな事をネットなんかでも調べながら進めていたら、時間の進みが早い早い。気付いた時にはいい時間で、慌ててベッドに潜り込んだんだけど――朝起きたら明らかにどんよりとした顔がそこにあって。
「俺が言うのもなんだが、少し顔を洗って来るといい」
「はい」
明月院さんもいつも眠たそう、というか、伏し目がちだからそういう感じに見えちゃうんだけど、それがまた儚げというか、薄幸の美男子って感じを演出してるんだよね。
廊下に出てトイレへ向かい、鏡に映った自分の姿を見てため息。
「はあ……朝見た時よりもなんか酷くなってる気がする」
バシャバシャと顔を洗い、再びため息。
昨日明月院さんの為にも頑張るって決意したのに、これじゃあ説得力ゼロだわ。
部屋に戻ると、明月院さんがファイルやらCDやらプレーヤーやら色んな物をテーブルの上に並べていた。
「それ、今までの曲と商品のファイル。適当に聞いて」
「あ、はい」
「それと、俺はこれからしばらくブースにこもるから、用がある時はそこのタクにあるマイクスイッチを押して話し掛けて」
そう言って昨日と同じように分厚い防音扉を開けて、明月院さんはグランドピアノを弾きはじめた。
「そうか、あっちの防音の部屋の事をブースって言うのね。……でも、“たくのマイクスイッチ”ってなんざますか?」
ブースは大きなガラス張りで、そのブースに向かうように大きな機械がどんと据えられてる。小さいスイッチやらがそれはもうたくさん並んでいて、私にはどれが何かなんてさっぱり分からない。
「なんでたくさんハイとかミドとかロウって書いてあるつまみがあるんだろ? あ、マイクスイッチってこれかな?」
ど真ん中にマイクがあって、その下にボタンがある。
カチ
試しに押してみる。
―――別に変わった事は起こらない。