市来編
3
「なんだ寝不足か? 死んだ魚みたいな目ぇしやがって」
朝一番――顔を合わせた瞬間に市来さんから出てきた言葉は、いきなりであんまりなものだった。
「まぁ、目つきに関しては俺も人の事言えねぇけどな」
本当にそうよ! 市来さんなんか出会ってから3日間、いつもどよ〜んとした目をしてるのに。
「でも女でその目はどうだ。まして美成堂の人間がだ」
うっ、おっしゃる通りすぎて返す言葉もない。
クマがびっちり浮きあがった酷い顔は、昨夜カレンに借りた本や新製品の資料を読んでいたら、寝るタイミングを逸してしまった結果。知らないことばかりで色んな事をネットなんかでも調べながら進めていたら、時間の進みが早い早い。気付いた時にはいい時間で、慌ててベッドに潜り込んだんだんけど――朝起きたら明らかにどんよりとした顔がそこにあって。
「でもまぁ、いい機会か。ちょっとそっちに立ってみろ」
そう言うと市来さんは顎で壁の方を示した。
「ここ、ですか?」
「そうだ。そのままな――」
言われるがまま壁を背にして立ち、直立不動でじっとしていると、市来さんが愛用のカメラを取り出した――ってまさか!
「あのっ、私を撮るつもりじゃないですよね!?」
「いいから黙ってろ」
黙ってられるものですか! こんな酷い顔の私を撮ってどうするのよっ! ああ、でも‘あの市来凱’に撮って貰えるのは光栄な事よねっ、ちょっと嬉しいかも〜ってそんな場合じゃないけども!
なんてくるくる回る思考を追いかけている間も、市来さんのカメラからのシャッター音は止まることなく響き続けている。
「よし、次は右手を顎に持っていけ。そう、それで指先を頬に。お、いいぞ」
気持ちは動揺しているのに、市来さんの声は頭にクリアに入ってくる。そして無意識に近い感覚で言われた通りの動作をしてしまう。これがプロのカメラマンのなせる技なのかしら。それとも市来さんの魅力? なんて事を考えていると、市来さんの手がカメラから離れた。
「よし、もういいぞ」
そう言うと私の方は見向きもせずに、今度はパソコンへと向かっている市来さんの背中越しに私もモニターを見る。今撮った写真を取り込んでいるみたい。めまぐるしく画面に現れては消えていく自分の顔……相変わらず酷い有様。それでも市来さんの腕のお陰か、多少はマシに見えるけど、でも――。
「モデルだろうが女優だろうがコンディションの悪い時ってのは誰にでもある。特に人気のある人間は忙しすぎて寝る間もないって事は日常茶飯事だ。こっちだって照明や撮り方を工夫するが焼け石に水なんてのはザラだ。今のお前みたいなもんだな」
「うっ……」
「だが今は便利なもんで、簡単に修正が出来ちまう。こんな風にな」
話している間も市来さんの手は休まずPC操作を続けている。
「っと、どうだ?」
そう言われて見てみると、モニター上の私は私だけど私じゃない――そんな写真に思わず衝撃を受ける。