市来編
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メイク室に入ると、カレンがいつも通りの所作で私にメイクを施していく。そのいつもの感覚が、ガチガチに固まりそうだった私の緊張を少しずつ解してくれた。
「水那はね、本っ当に良い素材持ってるのよ? だから自信持ちなさい」
手を休む事無く動かしながら、そんな風に言ってくれているけど、それには同意出来ないなぁ……。そんな思いが知らず目にでも出てしまったのか、カレンは小さく溜息を吐いた。
「全くもう、自覚ないのね。いーい? いくらあの社長でも、可能性のない子にはこんな事させないわよ? それに何より市来さんだって推してくれてるんだし。あの市来さんよ? 毎日毎日綺麗な子ばっかり相手にしてる人が、水那でいこう! って言ってくれたんだからね? 自分には自信なくても、せめて市来さんの見る目には信頼を置きなさい!」
「そ……っか。そう、なんだよね」
「そうよ!」
カレンに言われて初めて気付いた。そうだよね、私は私に自信を持てないままだけど、でも私を選んでくれた市来さんを信頼する事なら出来る。不安で堪らなかった気持ちが、ふいに軽くなった気がした。
「はい、完成!」
そんな事を思っている間にも、カレンは自分の仕事をきっちりとこなしてくれていて、ほどなく私のメイクは完成した。新作のグロスが何だか気持ちをワクワクさせてくれる。
「このグロス、やっぱりいいね」
「うんうん! 水那の雰囲気にも良く合ってるよ!」
「カレン、有難う……!」
私がお礼を言うと、カレンは照れ臭そうに微笑んだ。
「これは私のし・ご・と! お礼を言う事なんてないのよ。さ、衣装も用意されてるから着替えちゃいましょ!」
「うん!」
カレンに促されフィッティングルームに入ると、真っ白なパフスリーブのワンピースが掛けられていた。
「うわぁ、可愛い〜!」
思わずそう零すと、カレンが「水那のイメージぴったりね!」なんて言ってくれるので、私の胸の鼓動は高まる一方だ。
まっさらなワンピースに袖を通すと、気持ちまでクリアになっていく心地がする。衣装を着て、髪を整え、もう一度メイクを手直ししてもらった後、私は再びスタジオへと入った。