市来編
***
待ち合わせの場所に着くと、既に白波瀬さんは待ってくれていた。私の姿を見留めると、右手を軽く上げてくれる。
「ご、ごめんなさい! お待たせしましたっ!」
慌てて頭を下げると、白波瀬さんも恐縮したように背筋を伸ばす。
「い、いえそんなっ。僕の方こそ少し早く来てしまいました。気を遣わせてしまってすみません」
私と同じように頭を下げる白波瀬さん。2人でぺこぺこしあってしまい、思わず2人同時に笑いだす。
「あははっ、何かおかしいですね、僕達。えっと、それじゃこの近くに知ってるお店があるんで、そこでいいですか?」
「はいっ!」
白波瀬さんの案内してくれたお店は、社長と出会ったあのバーのすぐ近くのイタリアンレストランだった。
「こんなお店もあるんですねぇ」
「この辺は実は結構穴場なお店が多いんですよ。あそこのバーも雰囲気がいいんです」
「そ、そうなんですかぁ〜」
指し示されたバーはまさしくあのバーで、思わずあの日の失態を思い出してしまい、軽く口ごもってしまった。変な風に思われないといいけど。
「じゃ、入りましょう」
そんな回想をしていた私の気まずさには気付く様子もなく、白波瀬さんがレストランの扉を開けて中へと促してくれた。中はオシャレではあるけれど、オレンジ色の照明が優しい雰囲気。なんか白波瀬さんのイメージにぴったりのお店だなぁ、なんて思わず感心してしまう。
席に通され、各々注文を済ませると話は自然に仕事の方へと向いていった。
「そういえば葉月さんは学生さん――ですか?」
「はい。大学4年です」
白波瀬さんに尋ねられ、そう言えばまだちゃんとした自己紹介もしていなかった事に気づかされる。なのに一緒に食事をする事が嫌じゃない。やっぱり白波瀬さんの持つ柔らかい雰囲気のおかげなのかな? そんな事を内心でぽつりと考える。
「じゃあ就職はもう?」
「いえ、それが……まだ」
「今は厳しいっていいますもんねぇ」
そう言う白波瀬さんの顔には心底私を心配してくれているという表情が張り付いている。
「あ! でも今、研修はしてるんです!」
心配そうなその表情を少しでも和らげたくて、思わずそんな事を口走った。
私がそう言うと白波瀬さんはほっと小さく息を吐いた。
「それは良かった!」
「はい! しかも化粧品メーカーなんですよ〜。白波瀬さんと一緒ですね!」
「えぇ!? そうなんですか! うわぁ、すごい奇遇ですね〜!」
化粧品メーカーというと、白波瀬さんは本当に嬉しそうに微笑んだ。やっぱり同じ業種の人とこんな風に知りあえるのって嬉しいし、親近感もわいちゃうよね!
「ちなみにどちらの?」
「美成堂です!」
美成堂と言う時に思わず少し胸を張ってしまう。だってあの美成堂なんだもん! 白波瀬さんも美成堂という名前に驚きを隠せないようで、思わず目を丸くしている。
「美成堂とは凄いですねぇ! 葉月さんは優秀なんですね」
「いえっ、そういうわけじゃないんですっ。たまたま御縁があって……」
「いえいえ、葉月さんはとっても魅力的な方ですし、美成堂さんの採用担当の方の気持ちも分かります」
採用担当――私を採用してくれたのはあの鬼社長。あの鬼社長の気持ちをこの心優しい白波瀬さんが理解する日は一生ないと思う……なんて言いすぎかしら。更に言うと今日の私が多少なりとも魅力的に見えるのであれば、それは間違いなくカレンのおかげで……ああ、もう! 本気でカレンに感謝!
「で、研修はどうですか? 楽しいですか?」
「はいっ! 分からないことばかりで大変ですけど、でもやっぱり楽しいです」
「そうですよねっ、僕もこの業界が大好きなので、葉月さんにそう言って貰えると何だかとっても嬉しいです」
白波瀬さんが本当に嬉しそうに笑ってくれたので、私も自然に肩の力が抜けていく。