春日編
「ねえ、ちゃんと僕の話し聞いてた?」
「あ、はい。もちろんです」
「あ、そ。ならいいんだけど、あんまり腑抜けた顔してるから、付いて来れなかったのかと思った」
「ふぬ……大丈夫です。春日さんの足手まといには絶対なりませんから」
「―――だといいんだけど」
本当にこの人私の事信用してないのよね。でも焦っちゃ駄目。駄目よ、水那!
「次は写真映像部より、市来が説明いたします」
進行役の言葉に、市来さんが立ち上がる。春日さんと違って市来さんって本当に大きいよね。男の人! って感じがする。
そんな市来さんは少し眠そうな目で新製品のコンセプトをもとに、どういった感じの写真を撮るか簡単に説明をした。いくつか候補の写真を撮って、その中から選ぶらしい。腕が良いカメラマンでも、会社のGOサインが貰えなきゃダメなのね。本当にひとつの商品を作って店頭に並べるまでにこんなに多くの過程を経て、多くの人たちが関わって努力しているんだなあ。なんだかすごい、感動しちゃってる私。
市来さんの次は音楽制作部の明月院さん。こちらは相変わらず無愛想にぼそぼそとしゃべっている。綺麗な顔しているから、余計に不思議な雰囲気を醸し出すんだよね。
一通り説明が終わった所で、社長が立ち上がった。
「今回の商品はとても重要なものとなる。我が美成堂が国内、アジアだけでなく、ヨーロッパやアメリカなど広く海外へと進出する足がかりとなるという事を全員肝に銘じ、それぞれの仕事に全力を尽くしてもらいたい。ライバル社との厳しい商戦になるだろうが、君達を信じている。以上」
社長の声がしんとした会議室に響き、全員が一斉に立ち上がった。私も急いでそれに倣う。
「それでは今日の会議はここまでとなります。次回の会議は一週間後です。よろしくお願いします」
進行役の締めの言葉に、それぞれが会議室を後にし始めた。
「あっ!」
私の存在なんてまるでないかのように、春日さんはさっさと会議室を出て行く。私も書類をまとめてすぐ後を追う。
「待って下さい!」
―――無視。
「あのっ、待って下さい、春日さん!」
―――あ、チラっとこっち見た。……でも止まらない。
「か、春日さん! あの、次はどうすればいいんですか? 教えて下さいっ!」
そこでようやく足を止め、あの面倒臭そうなため息を思いっきり吐き出して眉間にしわを寄せた。
「はあっ……教育部に行く。美容部員と打ち合わせをして、それから僕達は色んな商業施設を回る。……社長命令じゃなければあんたみたいな何も出来ない人間、連れて回るのも嫌なのに。二度と同じ事は言わないから、もし同じ事二回聞いたら、僕は一切君に仕事を教えないから。そのつもりでいてよね」
プチ。
「そっ、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか! 私だって春日さんの足手まといにならないように、少しでも早く仕事を覚えようとしているのに、教えて頂けないなら覚えようがありません!」
……うわわっ! 言ってしまった!!
私は慌てて口を抑えて頭を下げた。
「すみません、生意気な事言って!」
――――――あれ? 厭味がない。
きっとまたあれこれ厭味を言われて散々バカにされると覚悟してたのに、何も無い。無言だ。私はそっと春日さんの様子を伺う。
しばらく口元に手を当てていた春日さんは、くるりと私に背を向けると、
「じゃあ、早く仕事覚えるように死ぬ気で努力してよ。教育部に行くよ」
それだけ言って歩き出した。
「はい!!」
私の気持ち、少しは理解してもらえたのかな?