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きみこいし
きみこいし
novelistID. 14439
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アルフ・ライラ・ワ・ライラ2

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(そうだ、みんな悪い夢だ。目を覚ませばきっと・・・)
心の内に強く強く思いながら、イオは意識を手放した。

気を失った少女に歩み寄る人影があった。ジズだ。
腕を切ったのか、押さえた指の間から血が流れている。ジズはイオの傍らに座り込むと、暗い眼差しでじっとイオを見つめていた。とそこに、
「ジズ様!よかった。ご無事でしたか!」
「・・・ああ」
騒ぎを聞きつけ屋敷から飛び出してきたのだろう、使用人たちが顔をひきつらせて駆け込んできた。
「ジ、ジズさま、おけがを」
「いい、かまうな。お前たちは姉上を連れてきてくれ。長居は無用だ。今すぐ屋敷にもどるぞ」
「は、はい」
なおもジズを気遣う使用人をひき連れ、重い足取りで帰還する。
その目には暗い狂気の光があった。

街の騒ぎが嘘のように、屋敷は奇妙な静寂につつまれていた。
自室の寝台に横たわり、イオは眠る。
ゆらりと部屋の空気が揺れると、そこにはあの黒い男がたたずんでいた。
男が天蓋をめくり中をのぞくと、寝台には青白い顔をした少女が横たわっている。
うなされているのか、眉間にしわをよせ、苦悶の表情を浮かべている。
「う・・・あ」
少女の口から、かすかなうめきがもれる。
男は堅い表情でじっとイオを見つめていたが、やがて諦めたかのようにひとつ首をふるとその細い手を取り指輪をはめる。そして、音もなく闇に消え去った。


闇の中でイオはもがいていた。
恐ろしいほどの濃密な闇がイオを押しつぶそうとしている。
(いやだ。こわい。こわい。こわい)
手をのばしても何も見えず。伸ばした手さえも闇に塗り込められる。
自分が闇にとけていく恐怖にイオは叫んだ。
『誰か助けて!』
その瞬間、イオはハッと目を覚ました。
「ゆめ・・・」
あまりの生々しさに、少女は呆然と呟く。
喉がひどく渇いていた。体を起こすと、水差しを手に取り直接口をつけ、ゴクゴクと水を飲み干していく。
水はこの上なく甘く、喉を潤した。ポタポタと口元から雫がこぼれおちる。
何とはなしに目でおうと、イオの手元でキラリと何かが光った。
「!」
衝撃にイオは目を見張る。
「指輪、そんな・・・なぜ」
手から水差しが滑り、床におちて砕け散る。
―――――そんなばかな。
確かにあの時、男に投げつけたはずだった。そして男が拾い、ともに消え去ったはず。
その指輪が、なぜイオの指におさまっているのか。
驚愕に凍り付くイオに、戸口から暗い声がかけられた。
「気がついたんだね、姉さん」
「ジズ?聞いて、ジズ。目が覚めたらこの指輪がはまってたの!どうしよう、とれないわ!!」
「・・・なんで、選んだのはボクなのに」
コツコツと重い足取りで近寄ってくる弟に、いいしれぬ悪寒が走った。
「ジズ?」
「ぼくの物だ!その指輪はぼくの物だ!!」
ジズは叫ぶとイオに駆け寄り、寝台にひきたおす。
「や、やめて!ジズ」
「うるさい!!」
血走った目で睨み付ける弟の手には短刀が握られている。そして、ジズはイオの体に乗り上げ、左腕を押さえつける。
「ジズ、何を・・・」
「・・・指を切る」
本気だ。ジズの目に宿る狂気の光に、イオは身を震わせる。
じたばたと力のかぎり藻掻くが、体ごと押さえ込まれては身動きもできない。
ギラリと鈍い光をはなち、短剣が振り下ろされる。
「いやぁああ!助けて!!」
刃がイオに触れるまさにその時、誰かがジズの腕を捕まえた。そして、そのままギリギリと締め上げる。
「っああぁああ!」
ミシミシと骨がきしむ音が響き、苦痛にジズは身をもだえさせる。
「まったく、手間かけさせてくれるぜ」
おそるおそる目を開けると、あの男だった。
すんでの所で現れた彼はイオを見下ろし、呆れたように呟くと、ジズの手から短剣をもぎとった。そして、クルクルと器用に短剣をもて遊んでいたが、鼻を鳴らすと、指先に力をこめる。パキンと乾いた音をたて、あっさりと刃は二つにおれた。
壊れた短刀を投げ捨て、男は気怠げに呟く。
「つまらねぇな。殺しちまうか」
男の言葉にイオはとっさに声をあげる。
「だめ!!」
「けっ」
男は不機嫌そうに顔をしかめるも、思いの外あっさりとジズを解放した。
それでもイオに危害を加えられぬよう、ジズを壁に向かって投げ捨て、自らはジズとイオの間に立ちふさがる。イオを背にかばう形だ。
壁にぶつかり、くぐもった声をあげてうめくジズを一瞥すると、男はゆっくりとイオに顔をむけた。
――――っ、殺される!
とっさに両腕で顔をかばい目をつむったイオだが、予期していたような痛みも衝撃もなく、おそるおそる目をあけてみれば、長身の男は身をかがめ、イオをのぞき込んでいた。
「はぁ。これが今度の主か」
うんざりと吐き捨てる。
間近にある、男の目。
その黒曜石の双眸には、強大な力と底知れない闇が広がっていた。
燠火のように赤い炎が瞬く。明らかに人ではありえない光彩だ。
――――あの石と同じだ。
「っ!」
ドクドクと心臓が早鐘をうつ。
(こわい・・・)
床にへたりこみ、ズルズルと後退する少女を見下ろし、男が呆れた声をあげる。
「あ?お前、何してんだ」
「う・・・」
あまりの恐怖に腰がぬけてしまったのだ。
「情けねえ」
言葉にならない声をあげるイオに、ため息をつくと男はふたたび問いをなげる。
「で、どうする?」
「え?」
「望みは何かって聞いてんだ」

――――望みは何か?

またこの言葉だ。
なぜこの男はイオの望みをきくのか。どうしてイオを助けたのだろうか。
そもそも、どうやってこの部屋に現れたのか。
ぐるぐると渦をまく謎、目の前でおこる信じられない光景に、頭の中は真っ白だ。
「イ、イオ・・・」
苦悶の声に目をやれば、部屋の隅、壁に背をもたれさせ、イオを見つめる暗い目があった。
血走った目。狂気の光。
「イオ、指輪を渡せ」
傷口がひらいたのか腕をかばいながらも、ジズの視線はじっとイオの左手、その中指にはめられた指輪に注がれている。
「ジズ・・・」
―――――ここには、いられない。
突きつけられた現実に、イオは瞑目する。

『望みは何だ?』

(望み。望みならば・・・)
のろのろと男を見上げ、イオは呟いた。
「わたしを、ここから、連れ出して」
男の外套がひるがえり、目の前が闇に包まれる。イオのかすれた声を聞くやいなや、男は少女を腕に抱えあげ、窓枠を蹴ると、夜空に飛び出していった。

バサバサと男がまとう外套が、羽ばたきに似た音をたてる。
黒い男はイオを抱え、すさまじい速さで飛んでいく。
風がうなりをあげて吹き抜け。立ち並ぶ屋敷がシルエットとなって闇に浮かぶ。
足下には、家々にともる灯りが次々と通り過ぎ。
「う・・・」
ふいに、涙がこみあげ、止める間もなくあふれ出した。
「なんだ?」
突如、泣き出した少女に男は怪訝そうな表情を浮かべたものの、かまわず夜空を駆け抜ける。瞬く間に町の端、城壁を飛び越えると、その先には月明かりに照らされ、白く輝く砂漠が広がっていた。