遠い遠い記憶
「さあ、これから東京のスカイツリーに匹敵する階段を降りることになるぞ。体の準備はいいか」とインディはリヒャルトと現地の体格のよさそうなクルーたちに声をかけた。人が降りるだけでなく、様々な測定機器や発掘作業用の用具なども下ろすことになる。かなりの体力を使うことになる。
だが、皆、心がわくわくしていて、疲れることなど恐れるに足らない気分だ。考古学史上最大の発見。人類最古の遺跡に出くわすのだ。リヒャルトは、ヨーロッパで使った作業用の機材をそのまま、ここに持ち込んでいた。
一行は、電灯を持ちながら、地下深くらせん階段を下りていく。
数時間後、体がへとへとになったものの、十分な余力を残している状態で最底部に着いた。そこから階段は続かず、広いフロアになっていた。そこで、空間全体を照らせるほどの大きな電灯を設置して中を見渡す。高さと四方の幅が10メートルぐらいある地下の空間に来た。石畳の床と何もない空洞のようだ。
何もないが、壁とこの当たりの地質を調査することにした。壁を伝う。すると、ある一面に文字か記号のようなものがずらりと刻まれているのが見えた。その壁面にさらにライトを照らす。
一同は仰天した。それはまるで巨大なロゼッタストーンのような壁面であった。
ロゼッタストーンとは、エジプトで発見された古代エジプト文字とギリシャ文字が刻まれた石碑である。エジプト文字の文とギリシャ文字の文が並列に同じ分量で書かれていたので、内容も同じものだと推測された。18世紀に発見され、19世紀に解読がされた。その解読を手掛かりに他のエジプト文字の文書も次々と解読されるようになったという。
見た感じ、壁面はロゼッタストーンのように多言語の同じ内容の文章が並べられているように見える。多言語の境界にはロゼッタストーンのように横線が引かれている。6カ国語ほどだ。だが、どれも見たことのない文字や記号だ。古代エジプト文字でもギリシャ文字でもなければ、それ以外の思い当たる古代文字にも当てはまらない。もちろんのこと、現代で使われている言語の文字であてはまるものは全く見られない。西欧の言語で使われるアルファベットでもなければ、ロシアや東欧でみられるキリル文字でもなければ、中東のアラビア文字やペルシャ文字、東洋の漢字やハングルやカナなどでもない。
「これぞ新発見だ。未発見の古代文明を証明するものだ。大手柄だぞ」と目を輝かすインディ。このインディは古文書解読の天才でもある。その彼が、未発見というのだから、これは未だに発見されていない古代文明で使用されていた文字であったということか。
何と書かれているかは、これから探り出すことになるのだろう。しかし、ロゼッタストーンと違い、比較するためのギリシャ文字のような我々にとって理解可能な文字が全く見当たらない。いったいどうするのか。新しい文字や記号だけでは何も分からないではないか。
「おい、絵らしきものも彫られているぞ」とクルーの一人が指し示す。
灯りを当てると、もう一面の壁に宇宙服らしきスーツを身に付けた人々がずらりと並び、その上に星マークのようなものが舞い上がっている絵図が描かれている。星に近い人は、体が横向きになり浮遊しているかのような格好だ。宇宙旅行でも描いているのだろうか。
おっと、その星のようなマークが舞い上がっている上の方に、とても怖い表情をした道化師のような顔が描かれている。とても怖い表情だが、ピエロのようにおかしな顔つきでもある。そして、顔の真下に両手で招き手をしている。「入ってこい」というようなジェスチャーか。
だが、入口はどこにもないようだ。この地下空間で行き止まりになっているように思える。
「これは宇宙旅行を表しているのではないか。もしかして、宇宙人がやってきて、ここに文明を作ったとか。このピエロのような顔は、その宇宙人ではないのか。宇宙服でやってきて、ここに住みついたことを表しているのでは」とリヒャルト。
するとインディは笑いながら
「はは、それはSFの世界の話だよ。おそらく古代人特有の表現方法なのではないかと思う。俺たちには想像もつかない、その当時の表現法だ。だからさ、これは普通に考えられる何かを伝えていると考えられる。そうだな、この壁の向こうにお宝がいっぱいあるぞって。よくもここまで来たな。だから、どんどん掘って見つけに来いとさ」
と言った。実にインディらしい解釈だ。しかし、その解釈が正しいとなると、この壁の向こうに、さらなる空洞があるということか。壁に音波探知機を当て、空洞が無いか調べた。すると絵の描かれた壁面の数十センチ先に空洞があることが分かった。他の壁面からは、この位置の地層の種類を調べるため、穴をあけ、土壌のサンプルを取り出した。分かったことはここが粘土層だということだ。かなり頑丈な地盤になっている。
ならば、もっと堀り下げているのかもしれない。
インディの指揮の元、空洞があると思われる壁をドリルで壊し、先へ進むことにした。
壁に人が2人ほど通れるほどの穴があいた。次なる空間に光を当てる。すると見えたのは、写真のような絵。いや、写真だ。というか写真をリトグラフのように彫りこんだ絵が壁面に描かれている。なんという光景だ。こんな見事な彫絵見たことが無い。類まれな技術を持っていた人々が存在していたことを示している。
石版に情報やメッセージを彫り込むというのは、古代から人類に受け継がれ、最も原始的でありながら、もっとも確実に伝承のできる手段といえる。現代では、コンピュータを使いデータをディスク上に埋め込むのが最も最新の情報保存手段だが、これは電気がない限りできない。また、機械が壊れてしまえば、再生して読み込むことは不可能だ。精密機械は管理をどんなに徹底しても数十年としかもたないものであることは実証済みだ。何とかデータがディスクや機械が劣化する前に、新しいものに移し替えないと再生不能な状態になり記憶が消え去ってしまう。少ないスペースで多量な情報を保存でき、検索機能なので自在に情報を取りだし読み込める機能を持った最新鋭の媒体だが、長期の保存という観点では実に脆いものだ。
電子データより確実な方法というと、紙やフィルムである。それならば、手にとってすぐに情報が読めたり見たりすることができる。だが、これも劣化していき、判読不明な状態になる媒体だ。そんな柔らかいものに比べ、重く硬い石版は、彫り込めば、それがそのままの状態でかなりの長い時間、情報を保存できる。古代文明の足跡は、ほぼ石版を読んで多くの場合知り得ている。
なので、この文明の人は、そのことを考え、写真を正確にレリーフ化する技術を発明し、後世に伝える手段を取ったのだろう。
その壁面、何枚かの写真レリーフが連なって彫り込まれているようだ。場面が移り変わり物語のようになっている。まずは、子供たちが手をつないで遊んでいる様子。実に楽しそうだ。服装や外見は今と変わりない。人種は、色が分からないので特定できない。顔付きの特徴からすると、やや浅黒い有色人種のような感じがするが、白人ということもあり得る。いずれにせよ、人類であることは間違いない。森の中で歌ったり踊ったりしている感じがする。