小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

【サンプル】【創作】イメージ

INDEX|4ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 「……うん、」
 僕が名乗る前に、僕らはこらえきれずもう一度キスをした。ずいぶん時間をかけて、それから、
 「おまえは」
 「……ず、ひろ」
 「……?」
 「和尋」
 「……かず、」
 「カズくん!」
 甲高い声があった。それからばさり、と何かの落ちる音。
 洋介が振り返った方を、僕も彼の肩越しに見た。
 「―各務くん?」
 ちーちゃんが、戸口に立ったまま、眉根を寄せてこちらを見ている。足下には鞄が転がって、中から教科書やらポーチやら財布やらが、半分ほど顔を出している。彼女の視線はそのままゆっくりと下に降りて、床の上に散乱した、僕らのシャツや、ズボンや、パンツ等々をなぞっていった。
 向こうを向いたままの洋介の顔が、さっと血の気を失っていくのが分かった。耳まで赤くなるとはよく言うが、白くなるときは、耳まで白くなるものなのだ。
 それから、洋介の体がゆっくりと弧を描いて、
 「あっ」
 「あっ」
 ばたん、と倒れる。すんでのところで支えたせいで、ベッドからは落ちずに済んだ。
 仰向けに寝かせると、ちーちゃんが寄ってきて彼の顔を覗き込んだ。僕はこのとき、人が泡を吹く様子というのを初めて目にしたのだった。


 ちーちゃんから洋介の素性について聞いているうちに、彼は目を覚ました。ちーちゃんは決して動じてはいなかった。けれど、彼女の瞳には明らかに興奮の色が見てとれた。青白い顔で黙りこくっている洋介の手をちーちゃんは両手でしかと掴み、穏やかだが熱のこもった口調で語りかけた。
 「あなた、カズくんのこといいと思ったの」
 「えっ、あっ、や、あの、……はい、すみませ……」
 「そう、そうなのよ、カズくんはほんとに素敵なの。今まで、そういうことちゃんと分かる人、いなかったのよ。さすがだわ、やっぱり、各務くん、すごい人だわ」
 洋介は両目をぱちくりとさせ、もう一度気絶してしまいそうな様子だった。僕はといえば、ちーちゃんがあまりにも僕のことを褒めるので―しかもセクシーだという趣旨で―そのうち恥ずかしくなってきて下を向いていた。
 さて、ちーちゃんの興奮が一通り落ち着いてしまえば、この事態にどう収拾をつけるべきかが問題となってくる。僕らはおおいに揉めた。
 「あなたたちが付き合えばいいじゃないの」
 いきなりちーちゃんにそう言われて、僕は狼狽した。
 「ちょっと待ってよ」
 「なによ、カズくん今まで誰々が好きとか、そういうこと全然なかったじゃない、それでいきなりこれってことは、すごく気に入った相手ってことでしょ」
 「そうかもしんないけどさ、なんかよく考えたらこんな、名前も知らない人間の家にいきなり上がってきて、セックスするような人ってちょっと、どうなのかなって気もするし、だいたい僕まだ彼のことよく知らないし、そういう相手のためにちーちゃんとのこれまでを清算するようなことには、僕は、慎重でいたいからね!?」
 「おまえ、家に上げたの自分じゃねえか、近いからとかゆってさあ」
 「だいたいちーちゃんは寂しいと思わないのかよ、僕が突然そんなことになったらさあ」
 「寂しいけど、寂しいことだって起こるときは起こるんだから、しょうがないじゃないの、さよならだけが人生だって言うでしょ」
 「そういう大きな話はいいんだよ、今は」
 「あの、つうか、二人付き合ってんなら、俺ほんといいスから、申し訳ないスから、その……」
 「あなただってカズくんのこといいと思ったんじゃないの」
 「思ったけど」
 「おまえちーちゃんが好きなんじゃないのか」
 「好きだけど……」
 ひとしきり口論したのちに、ちーちゃんは、ふう、とひとつ大きな溜息をついた。
 「お腹が空いたわ」
 言われてそういえばと気がつく。見ると窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
 「……夕ご飯、食べようか、とりあえず」
 ちーちゃんは黙って頷いた。洋介がおもむろに立ち上がって、
 「……そんじゃ、俺、今日はもう、」
 「―あの、」
 僕は反射的に彼の腕を引いた。反対の腕を、ちーちゃんが黙ったまま掴んでいた。
 「……もうちょっと、いなよ、話も中途半端だし」
 「や、でも……」
 「ピザが食べたいの」
 ちーちゃんが唐突に言う。僕らは驚いて彼女を見た。
 「今日は、びっくりして、疲れちゃったし、今から作るのも面倒だわ」
 いつも通りの静かな声で、彼女は言った。
 「ああいうものは頭数が多いほうがいい」
 彼女の言葉には、しばしば、なにか金言めいた奇妙な説得力がある。僕らはなんとなく気圧されて、そのままピザ屋への注文をする流れになった。洋介が近所のおいしい店を紹介してくれたので、そこへデラックスピザとシーザーサラダとジンジャーエールを頼んだ。洋介は自分が代金を持つと言ったが、僕もちーちゃんも固辞した。彼はしきりに申し訳ながっていたし、もし僕が彼の立場であったら同じように感じただろうと思うけれど、しかし考えてみたら、彼だってちーちゃんと付き合っていた訳ではなし、単に自由恋愛しただけなのだ。まあそれを言ったら僕ら全員、自由恋愛的なことをしただけなのだけれど。
 ピザはおいしかった。ちーちゃんは生地の歯ごたえがよいと言って大いに感動していた。
 「各務くんは、食事の時テレビをつける派かしら」
 「つけない派です」
 「それはよかったわ」
 「うちはわりと、ラジオをつけるよね」
 「そうね、ごはんどきは、つけるとつけないと、半々くらいだけど」
 大きなペットボトルから、ジンジャーエールをもう一杯注いで、一口飲むと、ちーちゃんは続けた。
 「実家は人が多い割にがやがやしてないというか、静かなことも多いおうちだったからね。バランスを取るためかしら、人の声を流して」
 そこから話題は僕らのこれまでのことになった。主にちーちゃんが話をして、時々僕が相槌を入れた。自分たちの話を、人の口から聞くのは初めてだった。僕らのつきあいがどういうものなのかなかなか飲み込めていなかった洋介は、聞いていて引っかかったことをひとつひとつ、率直に尋ねてきた。彼のそういう態度は、変に持って回られるよりずっと気持ちのよいもので、ちーちゃんが好青年と評していたのはこういう意味かと、僕はこのとき感じたのだった。
 話が高校二年生編くらいに差し掛かったところで、ジンジャーエールが尽きた。ピザとサラダはもうとっくになくなっていた。冷蔵庫から烏龍茶を出そうとして、気がついた。なんだか外が静かじゃない。窓を開けると、結構な雨が降っている。横殴りではないがかなりの量だ。ラジオをつけたところでちょうど雷が鳴り、ノイズ混じりのアナウンサーの声が大雨洪水雷警報を告げた。明日未明まで降り続ける見込みだという。
 「……泊まってくよね」
 「……お願いします」