まほうのかがみ
うつくしい王女さまは部屋の窓から外をみます。
国のなかで空に一番ちかい部屋。
みおろせば、すぐに広場がみえました。
鈍色の月のある、あの広場です。
広場には多くの人があつまっているのがわかりました。
その広場の真ん中、大きな箱からでる階段をゆっくりとあがる者がいます。
とおくて、その姿はちいさいけれど、うつくしい王女さまはすぐにそれが誰かわかりました。
いままでいつも一緒にいたのです。見間違えるはずありません。
それは、みにくい娘でした。
みにくい娘は今まさに神さまの御許に行かんとしているのです。嘘をついた、うつくしい王女さまの代わりに。
なんということでしょう。
むかしから誰よりも一緒にいたうつくしい王女は知っていました。みにくい娘の"こころ"がこの国の誰よりも、じぶんよりも、うつくしいことを。
なんということでしょうか。
誰よりも醜く、美しい娘。
それがいま嘘つきの"ざいにん"として裁かれようとしているのです。
それは、それは何と罪深く愚かなことでしょう。
でも、うつくしい王女さまはこわかったのです。
じぶんが"ざいにん"になってしまうことが、こわかったのです。
だから、じぶんの嘘も言えず。みにくい娘の美しさを告げることもできません。
ただ、そのまま部屋の窓からいままでに出したことの無いような大きな声で。
大きな声で、みにくい娘の名をさけびました。
そこは高い、高い部屋です。
遠い広場にいるひとは、誰ひとりとして、その声を聞くことはありませんでした。
それでも、ただひとり。その声に空をみあげました。
空をみあげた醜く、美しい娘はたしかに微笑みました。
ひまわりの花びらをふりみだし、その青空から雨をふらせ、鈴のような声をはりあげ名を呼んだ。
たいせつなともだちに、やさしくほほえみました。
そして、また静かに階段をのぼっていきました。
みにくい娘が箱の中に入ります。
"しゃらん"
箱の中で鳴ったその音は、残酷なほどに、美しい音でした。
それは、みにくい娘の魂が、神さまの御許へと行った音でした。
きっと広場にいた人は誰ひとりとして知らないのでしょう。
みにくいむすめが、階段をのぼる途中で急にとまった理由を。
そのとき、"ざいにん"と罵られたその娘が、誰よりも慈悲深い"こころ"で微笑んだことを。
ただひとりをのぞいて、誰も知ることはないでしょう。
それから少しあとのことです。
いつまでもあの空にちかい部屋から出てこないうつくしい王女さまを心配して、王さまや家来たちが魔法の鏡の部屋に向かいました。
その部屋には中央に散るばらばらの鏡の破片と、汚らしい布の上におかれた魔法の鏡。
それだけです。
ただ、それだけしかありませんでした。