幼年記
バス
幼稚園へ上がる頃、玩具に非常な執着を持ち、駅前のデパートへ行くたび、「三階、三階」と騒いだのを憶えている。
そのデパートの三階に、玩具売り場があったのである。
目当ては変形するロボットの玩具であった。
子供の手の平に収まるぐらいの大きさで、手や足をひねったり回したりすると、別のものに形が変わる仕組みになっている。
その玩具の一群をえらく気に入り、親に駄々をこねて随分買ってもらった。
そうして日がな一日、一人でとっかえひっかえ、いじりまわして遊んでいた。
ロボットにはいろいろな種類があった。
レースカーになるのもあれば、スペースシャトルになるのもあった。
中にはバスになるのもあった。
色がレモン色で、窓ガラスが黒っぽい、今になって思えばモデルはハトバスではなかったかと思う。
ある日そのバスのロボットをいたずらのつもりで戸棚の薬箱へ入れておいたら、いつの間にか忘れてしまって、そのまま何日か気付かないまま遊んでいると、おもちゃ箱の底からそのバスのロボットが出てきた。
はじめは薬箱に入れたことを失念していて、特に何も思わず遊んでいたけれども、次第におかしいなと思い始めて、そのうちとうとう薬箱のことを思い出したから、それを手に握ったまま戸棚へ行き、薬箱を開けたら、その中にも数日前入れておいた状態のまま、バスのロボットが入っていた。
むろん手にはおもちゃ箱にあった方を握ったままであるから、バスのロボットが、二台あるのである。
どういうわけかは今になってもよく分からない、けれどもとにかく一つあったのが二つに増えて得をした、そう思ってしばらく喜んで遊んでいたが、そのうち大して面白くもなくなってきたから、片方は隣の家の子にあげてしまった。