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好きだから、食べさせて

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お互いにと言外に残して、ヒバリは来たときと同じくふらりと部屋を出て行った。こんなやり取りを何度となく繰り返している。何日も何日も。ヒバリは、アルが住み始めて数日経つと、突然アルの部屋にやってきて「結婚は、やっぱり、無理」と言い残した。それ以来、二人は会えば「結婚しよう」「それはない」を繰り返している。今のもその応酬の延長だった。
それでもアルはヒバリを諦めないし、ヒバリも求婚されると分かっていて彼を追い出さない。追い出さない所か時折アルの顔を見に足を運ぶ。
ヒバリは毎日毎日家の増築を続けている。父親が生前続けていたように、ヒバリはそれを受け継いで家を膨張させていく。その合間にアルがまだ家にいるかを確認するように顔を覗かせる。
アルの求婚回数も数え切れなくなった頃、流石に暇を持て余してきた彼はヒバリに
「何か手伝える事あるかな」
と申し出た。
「…………釘。そこの箱の中の」
いつぞやと同じく館の外壁に張り付いていたヒバリも、あっさりそれを承諾してアルの足元の工具箱を指さした。三角形に張り出したバルコニーとまではいかない小さな出窓には、大きな工具箱が置いてある。ヒバリの場所からは少々腕と体を伸ばさないと届かない。
「これ? うわ、五寸釘か。夜に僕を呪わないよね?」
アルが茶化すと、ヒバリは目を丸くした。慌てたのは言った本人だった。
「え、ちょっと待って。本当に? 多分大丈夫だけど、それは勘弁して欲しいな」
「そうじゃなくて……。よく知ってるね。五寸釘が呪いに使えるって」
「あれでしょ? 夜な夜な人形を木に打ち付けるってヤツ」
「そう。でもここじゃ知ってる人はいないのに。ここじゃ馴染みがない、遠い国の方法だとかで。私だって、お母さんから聞いただけで見たことないんだけど」
「いや、見たことあったらそれはそれで大問題だって。……そっか、お母さんは東の方の人なんだ」
「うん。お父さんが好きで、故郷を捨てて押しかけ女房したんだって」
いつの間にかヒバリは作業の手を止めて、小さな足場に馬乗りになっていた。
「お父さんもお母さんが好きで、お母さんの国の建物を真似て作った場所があるの」
「道理で……すごく、ええと」
「ごちゃごちゃ混ざってるでしょ」
「うん、まあ、そうだね」
「お父さんがどんどん作っていったの。どうしてって聞いたら、「家は懐かしいものだ。だからお母さんが懐かしいって感じる場所があるべきだろ」って」
「そもそもここを建て増していく理由は聞いたの?」
「あ、うん。お母さんがお父さんを守るためだって言ってたんだけど……結局二人とも殺されちゃったから、だから今度こそは守れるようなのを私が作るの」
誰を何から守るとは、ヒバリは言わなかった。もう亡き人となった父母を守るためなのか自分を守るためなのか、どちらとも言わない。アルは全部なのだろうと予測した。ヒバリは両親を守れなかった怒りと悔しさと悲しみをこの行為にぶつけている。だからアルは「そうか」としか返せなかった。
「気味が悪くなった? ここ、殺人現場だったの」
「大丈夫。知ってたから」
「知って、た?」
「僕もヒバリの事を何も知らずに求婚しに来たわけじゃないからね。一応多少の下調べは済ませてあるよ」
「じゃあ、どうして」
「人が殺されていようがいまいが――ヒバリには気の毒とは思うんだけど、僕がヒバリと結婚したい事に変わりはないから」
「――――どうして私なの」
「僕は遠くの村のやつだというのは多分見た目から分かると思う」
「うん。見た目で言ったら私もそうだし」
アルは鳶色の髪に金に近い色の目で、ヒバリは黒髪に黒い双眸だ。どちらも土着の人間では珍しい色を備えている。
「僕の村はすごく……閉鎖的なんだ。血族婚で成り立ってる。でもそれだと危険なのは分かる?」
ヒバリは頷いた。同じ血筋の者同士で婚姻を繰り返すと子孫に異常が現れやすい。
「だから、僕の村では時々外の血を入れる事になっているんだ」
その役目を負ったのがアルだった。
「貧乏くじね」
「そうでもないよ。村の外に出られて誰にも干渉されないのは有り難いね。会う人が自分と似てないというだけでも新鮮だし」
「でも相手が私じゃやっぱり貧乏くじじゃない」
「……ヒバリを選んだのは僕だよ」
憐れんでくるヒバリに、アルは教え諭すように言う。お互いに誤解があるようだ。
ヒバリは不可解な事を聞いたとでも言いたげに眉根を寄せた。
「どうして」
「まあ、今回の結婚相手には幾つか条件があるんだけど。あまり人付き合いのない人だとか、縁戚がいない事とか。でもそれくらいで、それだったら他にいくらでもいたんだけど、僕はヒバリがいいんだ」
「だから、どうして」
「まずは名前かな」
「名前?」
「うん。僕と同じだから」
「同じ? どこが?」
「アルは略称で、本当はアルエッティと言うんだ。“ヒバリ”って意味。名前が弱っちい!とか言って昔はいじめられたけど、今は好きなんだ。……好きになれたんだ」
「でも、名前くらいで」
「運命ってそういうものじゃないかな」
「運命……」
「ヒバリは信じない? 数居る中でヒバリという名前はそうそうないよ」
ヒバリの名前も母親が名付けたもので、この辺りの言葉ではない。村の人間は彼女の名前を正確に発音出来ない。そもそも「ハズレの娘」としか呼ばれていない。
アルが何度もヒバリの名を呼んでくれる事が、実はヒバリにとって嬉しい事だったと、アル自身は知っているだろうか。
「運命を感じたら、もうそれで十分じゃないか」
アルに微笑まれて、ヒバリはふいっと顔を背けた。
照れたのか?とアルが首を傾げるよりも先に、ヒバリは急に立ち上がり、あろう事か小さな足場から飛び出した。アルがいる出窓とは反対方向へと体を踊らせ、壁を蹴り、矢のような速さで猿のような身のこなしで、あっという間に喬木へと体を押しつけて鬱蒼とした森の中へと隠れてしまった。
反射的に伸ばした手を空中にさまよわせ、アルは呆気にとられていた。
「え、何……今の……」
ヒバリは消える前に一度だけアルを振り返った。その時の眼が、いやに細くなっていたようにアルには映った。
その疑問を解消する機会はその日得られなかった。
その日だけでなく、久々に雨が降って肌寒くなっても、雨が上がって渇いた土を含んだ風が出てくるようになっても、それをもう一度繰り返しても、アルとヒバリが顔を合わせる事はなかった。
ヒバリがアルを避けているのは明白ではあったが、何が原因かも分からず、アルはじっとヒバリの家から離れなかった。いつ何時会えるか分からない、ヒバリにはこの家しか帰る場所がないのだから、と。
それは正解だったようだ。
空が薄暮を過ぎて完全に暮れた時、アルの部屋にそっと忍び込んでくる人影があった。
「ヒバリ!?」
紛れもない、ヒバリだった。やつれてもいないし、アルが初めて彼女を訪れた時のままだ。見た目は変わっていないが、全身に緊張をまとっていて、顔は険しい。
アルはついにヒバリに嫌われたのかと思い、しかしどこが嫌われたのか知りたくて、何から話そうと口を開いては閉じた。
するとヒバリはその口に人差し指を当ててきた。
「静かに。多分大丈夫だと思うけど、泥棒が入ってきてるから」
作品名:好きだから、食べさせて 作家名:みや