「レイコの青春」 4~6
共同保育園で無認可の「なでしこ」は、深夜の零時を過ぎると、
先を争うようにして、水商売の仕事を終えたお母さんたちが
我が子を迎えに駆けつけてきます。
「あら、新顔さん?」
「いいえ。まだほんの見習です。
幸子さんとは、同級生の間柄にあたります。」
「じゃ、未来の保母さん志望になるわけだ。
助かるわぁ~ 貴重な存在だ。いきなりの戦力アップにもなるわねぇ~」
「いいえ・・・今のところは、
昼間は、自動車販売店で働くしがないOLです。
保母さんになるかどうかは、これからあらためて考えなおします。
まだまだ、今日が初日ですので。」
深夜零時を少し過ぎてから、最初に子供を迎えに来たのは、
時子さんと名乗る20歳半ばになるホステスさんでした。
この時間帯で仲町の飲食店のほとんどが、一日の営業時間を終わります。
仕事を終えた、ホステスさんや酌婦さんが次々と我が子を引き取りに
『なでしこ保育園』へとやってきます。
子供たちが次々とお母さんに引き取られて行くなかで、
レイコが衝撃を受けたのは、それらの中に生まれて間もない新生児や
乳幼児たちが何人か混じっていたということでした。
生後8週目そこそこ赤ちゃんが、
若い御母さんの腕に抱かれて帰っていくのをレイコは
愕然として見送りました・・・・
奥の部屋へ置かれた二段ベッドに寝かされていたのは、そのほとんどが
生後間もない乳幼児や一歳未満で、いわるゆゼロ歳児と呼ばれる
乳幼児がほとんどでした。
この時代の保育園は、
3歳児以上から預かると言うのが入園の原則です。
5歳からは幼稚園へ通うというシステムも完成をしていましたが
3歳児以下は、まったく保育の対象としては認知されていない時代です。
ましてや生後間まもない乳幼児を保育するなどということは、
まったくの前代未聞の話です。
一部にベビーホテルやベビーシッターの名のもとで、
商業的に乳幼児を預かる施設は存在をしましたが、これらはもともと
児童福祉法にもとずく、幼児教育や社会福祉からは、蚊帳の外の存在であり、
厚生省や文部省の行政範囲からは、はるかに一線を画していました。
(今は厚労省ですが、70年代には、
幼稚園は文部省に、保育園は厚生省の管轄でした)
レイコが衝撃を受けたのも、無理はありません。
哺乳瓶や、着替えなどを詰め込んだ大きなバックを小脇に、
我が子を抱きかかえたお母さんたちが、深夜の帰宅を急ぐ光景が続きます。
表通りに止められたタクシーや、待機しているお店専用の送迎車へと
足を急がせる光景が午前1時過ぎまで「なでしこ保育園」では続きました。
作品名:「レイコの青春」 4~6 作家名:落合順平