弟は天才児!?
第二章 美幸は夢見がちだから
福人は小学校の頃、なんとかこちら側を分かろうと努力していた。
話し合えば分かり合えるんじゃないかと思ってたみたいな節もある。
ある日長島君と一緒に遊ぼうと言った。
だが話すたびに何かがずれていく。
食い違っていく。それも、根本から。
気の短い長島君は立ち上がった。
「馬鹿とは話せない」
あーそうですか、まあいいですよ、長島君だしね。
そう思った時に福人は言った。
「美幸は馬鹿じゃない」
お?
「ただ単に僕らとは違うだけなんだ」
何故だろう、そう言う福人の声がとても悲しげで
小さな頃のように抱きしめてやりたくなったのだけれど
大きくなった今、それも恥ずかしかったので黙って成り行きを見守っていた。
長島君は「いや馬鹿だと思う」と言った。
福人は「馬鹿じゃないって言ってんだろ」と言った。
私は「ちょっと、そこで勝手に人のこと馬鹿だとか何だとか言わないでよ」と
言った。
二人はにらみ合うと、急に笑顔になって
手をたたき合った。
本当、男の子って分かんない!
頭が良いともっと分かんない!
結局、小学校4年生の時、長島君は遠くの賢い子達が通う小学校に編入した。
それと同時に私たちにも転機が訪れていた。
両親が離婚話を持ち出してきた。
もう戻れないの、と子供が口に出せないくらい冷え切って
まるで他人みたいだったからしょうがないことだと思う。
父は福人を引き取ると言った。
じゃあ私は美幸をと母が言った。まるですべてが決まってるみたいに。
変な予定調和。まるで示し合わせたみたい。
そう言うと福人は「夫婦だったんだから当たり前だろ」と言った。
『だった』と言ったことが悲しくて泣けてきた。
福人は私の肩に手を伸ばそうとして、やめた。
「僕は父母の言うことには何も口を出すつもりはないよ」
そう言える福人は本当に大人っぽかったのか。
それとも子供の段階を踏まないませたガキだったのか。
今となっては本当に分からない。
ふたりで一緒に産まれてきたのに
お腹の中には一緒にいたのに
おかしな話だと今でも思う。
中学に入ってすぐ、父と母は離婚した。
私は母と共に遠くへ引っ越し、市立の平凡な中学校へ
福人は長島君の行った天才秀才ばかり通う中学校へ
通うことになった。
私は福人から二週に一回届く手紙を毎日楽しみにしていた。
幼なじみのサキちゃん(リエちゃんとは小一で疎遠になってしまった)との
週一回の電話も楽しみにしていた。
新しい学校では馴染めなくて
田舎者と言われて虐められたりもしたから切実だった。
私はその頃
弟と父が恋しくて、昔の友人関係が恋しくて毎日泣いていた。
そんな私に弟は文章を寄越した。
『先生に相談しなよ。僕には何も出来ないよ』
今思えば確かにその通りだったのだが
当時の私は虐められていることが恥ずかしく
普通にも器用にも出来ないことが母に申し訳なくて
一人で悩み苦しんでいた。
母はいつも言っていた。
「普通にしてくれれば良いのよ」って。
普通って何だろう?
虐められてる私は普通じゃないのか。
IQが高い福人も普通じゃないな。
だけど前述はめんどくさいお荷物で後述は未来がある。
そんな風に思っていた。
普通じゃないって事は、親の希望に背くことだ。
世間の常識に背くことでもある。
それが中学生の私を苦しめた、難題だった。
結局、2週間後、イジメに耐えきれなくなった私は親に相談した
親から先生に連絡が行って、先生がいじめっ子に話をしてくれた。
それでも「いじめではなかった。遊んでいるつもりだった」
とかなんとか、言い訳していたみたいだけれど。
母は何で早く言わなかったのと私に言った。
……言えなかったんだよ、お母さん。
その日からは無視が始まったけれど、
足を引っかけられたり笑われたりするよりはずっと良かった。
だって空想の世界に逃げ込んでおけば良かったんだもの。
空想の世界には友達がたくさんいた。
私みたいな平凡な子と決して遊んではくれないであろう
ユニークな子やちょっと偉そうな子、とっても優しい子達がいた。
その子達に比べたら、イジメなんてするような子達はこっちから願い下げだった。
心細いときには空想していたら時間が過ぎていくの
そう、遊びに来た福人に言ったら「逃げるなよ」と怖い顔をして言われた。
あまりに真剣な表情だったから
「酷いよ」と言ったら困ったように顔を逸らして目をしばたたかせた。
困惑したときや、誰かを傷つけたかも知れないと
思ったときの福人の癖だった。
「美幸は夢見がちだからなぁ」
ため息混じりにそう言って笑う福人に
私は「お父さんみたい」と言ったら
「お前と話してるとお母さんみたいだよ」と返された。
それが褒め言葉だったのか貶し言葉だったのか。
目をしばたたかせていたから多分、貶し言葉だったのだろう。
福人は変わった。どんどん大人びて、眩しいくらいに。
反面私は幼稚なままで、空想の友人を持ち続けていた。
ある日母が言った。
「お父さんがあなたの大学の学費を出すとは言ってるけどね、
お母さん、お金がないの。
高校だけは出させて上げるから、後は働いてお金を入れてね。
女の子なんだから良いわよね」
私は光のような福人の影になった。
いや、影ですら無かったのかもしれない。