~双晶麗月~ 【その3】
揺れる水溜りに、何かが見える。
人……?何か話している。
私は急いでその水溜りに顔を寄せた。
「雄吾……っ?」
私は勢いでその水溜りに手を突っ込んでしまった。
「うわっ!」
瞬時にその中の水は大きく膨らみ、私の体を覆いつくした。驚いて手を引いたが、その水はみるみる私の周りに膜を張った。やがて、私の体全てに添うように張るその水の膜に、見覚えのある景色や人が映っているのが見えた。
「おい!雄吾!」
大きな声で叫んでも、声が届かない。
だが僅かな可能性を見つけたかのように、私は驚きと喜びでいっぱいになった。
涙の水溜りで出来たその膜に映る景色が、少しずつリアルに見えてくる。
自宅のリビングだ。まだぼんやりとしか見えない。
しばらくして私は、本当にそのリビングのソファーに座っているような、不思議な感覚になった。
視界にぼんやりと映る背の高い人影は、体格がいい。間違いなく雄吾だ。
《雄吾!うちに来てたのか!何やってんだよ!》
嬉しさで興奮しながら話す私をよそに、雄吾は何か話している。だが、雄吾の声があまり聞こえてこない。不思議に思い、もう一度叫んでみる。
《雄吾!私は帰ってきたんだよ!》
何かを話す雄吾は明らかに私に話しかけている。だが、私の声が届かない。
私は雄吾に手を伸ばそうとした。だが、体が思うように動かない。
おかしいと思っていると、どうやら私も雄吾と何か話しているようだった。
徐々にその場に慣れたのか、周りのものがハッキリと見え始めた。
見覚えのあるローテーブル、見覚えのあるオレンジのソファー、見覚えのあるテレビ、見覚えのあるグリーンチェックのカーテン、全て私の家にあるものだ。うちのリビングそのもの。カーテンは閉められ、電気がついている。時間は夜か夕方か……
私は自分の部屋を見に行こうとしたが、体が全く思うように動かない。それどころか勝手に話し、勝手に動いている。どういうことなんだ……
…【その4】http://novelist.jp/526_p1.htmlへつづく。
作品名:~双晶麗月~ 【その3】 作家名:野琴 海生奈