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06.キスの挨拶
「あれ?ミヤちゃん、レンジと一緒じゃないの?」
昼休み。
有紀と亜希が屋上に来ると、そこには柵にもたれて読書している三弥がいた。
「え?ああ、うん」
「なんでなんでー?レンジに愛想つかしたー?」
「そんな!とんでもない!俺がつかされるって言うなら分かるけど……。いや……最近斉藤、凄く俺と仲良くしてくれるんで本当に嬉しいんだけど、でも斉藤、人気者だし……。こんな俺に気を使って、他の友達をおろそかにしてしまっていたらどうしよう、とか思ったから……」
三弥は本を置き、そう言いながら伏し目がちになった。
一瞬の沈黙後、有紀と亜希が爆笑した。三弥はそれを見て本気でびっくりしているようである。
「いやーほんと面白いよね、ミヤちゃんて!」
「レンジが気に入るの、分かるわー」
「え?え?」
本気で意味が分からずポカンとしている三弥を見ながら、2人は思った。
……今頃レンジ、ミヤちゃん探してるだろうな……必死に……。
そしてまた笑いだす。
「俺……もしかしてまた変な事、言った?たまに斉藤にもそうやって笑われるんだが……俺、おかしな事言った覚えがなくて」
「いやいや、ミヤちゃんはそのままでいいよ!」
「うんうん、むしろ変わらないでー」
「え……えっと……ありが、とう?」
「いえいえ。あと、俺らもミヤちゃんと友達なんだからね!その辺も自覚してね!」
「そうそうー。なんかまだ他人行儀だよねー?」
有紀と亜希がそう言うと、三弥はまたポカン、としながらも見る見るうちに頬を赤らめ、そして微笑んだ。
普段の三弥の落ち着いた表情もしくは唖然としたような表情などに見慣れていると、その様子はあまりに意外で可愛らしく、つい2人もまじまじと見つめてしまう。
「あ……ありがとうっ……。こんな……こんな俺と友達とか……本当に嬉しいっ……」
そしてふと、この間の廉冶とのやりとりを、三弥は思い出した。
そして手前にいた亜希のジャケットの腕の部分をキュ、と持ったかと思うとおもむろに亜希を抱きしめた。
「っへ!?」
抱擁された亜希は勿論の事、それを見ていた有紀も唖然としている。
「……え?あれ?……斉藤が友達なら親愛の気持ちを示すのにこうするって……えっと……なんか間違えた……?」
びっくりしている様子の2人に気付いて、三弥は慌てて亜希から離れる。
亜希は図らずも少しドキドキした心臓を抑えながら、「いや、えっと、間違ってないよー」と有紀をチラリと見ながら言った。
有紀もそんな亜希の視線に気づいてニッコリしながらうなずく。
「うんうん!間違ってないよ!ただちょっとミヤちゃんがそういう事知ってて行動した事に驚いたっていうか。次、俺も俺も!」
そう言いながら自ら三弥にギュウ、と抱きつきにいった。
とりあえず間違っていないと分かってあきらかにホッとしている三弥を見て、また有紀と亜希は視線を合わせた。そして有紀がニッコリと言う。
「あとね、ミヤちゃん。本当に親しい友達ならね!」
そして抱きついたまま、ミヤの頬に軽くチュ、と口づける。
「こういう挨拶もするんだよ!」
「え……そうなの?お、男同士でも……?」
抱擁を解きながら相変わらずニコリとしている有紀に、三弥は驚いたように聞き返す。
「うん。海外ではもっとおおぴらにチューで挨拶してるでしょ、見た事ない?」
「あ……そういえば…………?」
「そうそうー。ほんと親しい間だけでだけどねー」
そう言いながら亜希も三弥のもう片方の頬に軽くキスをする。
「なるほど」
「大抵はこうやって、頬とか耳の横の空気にキスするもんだけどね、たまぁにマウス・トゥ・マウスもあるよー」
「え……口……?」
「そうそう!俺らはまぁ基本頬かなー。でもレンジはさ、特に親しいと口でするタイプみたいだから、次レンジに会った時にいきなり口にチューってしたらアイツ喜ぶよ!」
「だよねー。ミヤちゃんから親しい友達だって表現してもらった上に口だとねー」
「そう……なの……?斉藤、俺が親しい友達だって思ってると分かってもイヤじゃないかな……?」
「「そりゃあそうだよ!」」
その時屋上への入り口が開いたのに有紀が気付いた。多分ここに来るヤツはあまりいないし廉冶だろうと思い、亜希をつついて口を開いた。
「じゃあ俺達、もう行くよ!またね、ミヤちゃん!」
「またねー」
「あ、うん、本当にありがとう」
ていうかこの2人、何しに来たんだろうと三弥は密かに思いつつ手を振る。
そしてそのまま2人は出入口に向かうと思ったが、なぜか誰かからの視線を避けているかのように急いでコソコソと、給水塔などに隠れるように変な風に去って行った。三弥が首を傾げていると「おい」と声がした。
見ると廉冶が入口からこちらに歩いてきていた。
「あ、斉藤」
「あ、じゃねえよ。急にいなくなったと思ったら。どしたんだ?何かあったのか?」
「いや……なんか最近斉藤、俺とよく一緒にいてくれてるから、他の斉藤の友達に悪いかなぁと思って……」
「っぶ……。相変わらずものすごい発想だねえ。お前が遠慮する事でもないだろう?」
「そう、なのか……ありがとう」
廉冶に、あらためて何でもない風に言ってもらい、三弥はニッコリとした。手で口を抑え笑いを堪えていた廉冶はその表情を見て何やら固まっているように見えたが、三弥はそれどころではなかった。
“次レンジに会った時にいきなり口にチューってしたらアイツ喜ぶよ”
……し……親しい友達だと、主張しても……い、いいよ、ね……?
そしてス、と手を伸ばし、口を抑えていた廉冶の手をつかんで手をどかし、手首をつかんだまま、おもむろに目をつむって軽く自分の唇を廉冶のそれに押しつけた。そしてすぐに離す。
で、廉冶が無言なので恐る恐る目を開けると、明らかに廉冶はそのまま固まっていた。