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01.ネガティブルー
朝がまたきた。
うん、そりゃあ当然くるよね?夜の次は朝だ。当然だ、うん、分かってる。
そしてとてもいい天気。
これから何かいいコトが起こりそうな予感!とか普通だったら思わせるような。
でも俺には到底思えそうにない。
だって。
だって俺にはまず友達が基本いないもの。
「おはよー」
学校が近づくとそういう挨拶があちらこちらで聞こえてくる。保志乃 三弥(ほしの みや)はそれらの声を羨ましげに聞いていた。
いいな、そやって朝から友達に出会うとか。そんな事をぼんやり考えながら下駄箱で靴を履き替えているとポン、と軽く後頭部をはたかれた。
そんな事をしてくる人間を、三弥はただ1人しか思い付かなかった。
そっと振り向くと案の定、そこには何やら楽しげな表情をうかべた斉藤 廉冶(さいとう れんじ)が、まだ三弥の後頭部をわさわさと触りながら立っていた。
「あ」
「あ、て何。おはよう、保志乃」
「あ、いや、おはよう、斉藤」
廉冶は友達がいない自分に、最近話しかけてくれるようになった貴重な人物であり、唯一の友達であると思っていた。多分……友達、て言っていいんだ、よ、ね?
黒い少し長めの前髪をたまに無意識にかきあげている様子などは男の自分から見てもなかなかのイケメンだと思う。背は自分もそんなに低くはないが、その自分より高い。細身だけれどもなんか付くべき筋肉はついてそうだし……まったくもって羨ましい。
今も幾人かが通りすがり様にこちらを見ていた。多分この黒髪のイケメンを見ていたんだろうな。普段はあまり周りを見ていないというのもあるが、廉冶といる時、何気に周りをふと見るとこちらを見ている人の割合に驚かされる。
それに自分と違って友達もたくさんいるみたいだし、可愛い彼女もいるっぽい。
きっと毎日が楽しいだろうに、何を考えているのかよく分からないが最近よく話しかけてくれたりするようになった。こんな自分に話しかけてくれるなんてそれだけで神か!と思ったものだ。
……それにしてもなんでそんなに人の頭をぐしゃぐしゃにするんだろう?と不思議に思いながらも、三弥はそのまま歩きだした。
三弥の、染めていない元からの栗色をした、柔らかそうでいてほんのりくせ毛の髪。それが廉冶によってくしゃくしゃになっているというのに構わず歩きだす様子に、廉冶は密かにプッと吹き出す。
……ほんとなんか面白いよね、保志乃って。
廉冶はそう思いながら自分がぐしゃぐしゃにした髪を直してやりながら三弥の横に並んで歩きだす。
髪、柔らかくてなんか気持ちいいんだよね。それに好きなようにぐしゃぐしゃにしても、今みたいに嫌がりもしないし。
今付き合ってる女の子も割と髪、気持ちいいんだけど触ってぐしゃぐしゃにすると怒るんだよね。まあどうでもいいけど。
廉冶はそんな事を思いながら三弥を見ると、いつものように今にもため息をつきそうな思い悩んだような顔つきをしている。
またネガティブな発想でもしてるんだろうね?
廉冶は笑いをこらえながら思った。
三弥はあきらかに自分のことを分かっていない。
その知的で涼しげな顔つきは明らかに羨望と憧れをもって見られているというのに、全くもって気付いていない。そのスマートで華奢なスタイルも、本人にとっては貧相な体以外の何物でもないらしい。毎日鏡をどういう目で見ているんだか心底謎だ。
むしろ皆から避けられているとさえ思っている節がある。
この間、真剣な顔をして「俺、皆から嫌われているかもしれないのに、そんな俺と仲良くしてくれてありがとう、斉藤」なんて言われた時には、自分のケツを思いっきりひねって笑いをこらえるのに必死だった。
ほんと馬鹿。周りはお前と友達になりたくて仕方ない輩で溢れているというのに。ただお前のその見惚れるような見目と、一見クールで硬派な様子が、踏み出すのを躊躇させているだけだと言うのに。
当然17年間生きてきて、今まで誰とも付き合った事もないらしい。それを聞いた時、そりゃあそうだろうな、と廉冶は思った。
昨日も「また女子からからかわれたんだ……。なんでなんだろう……俺、なんか気付かない内になんかしたのかな……」とため息をつきながら言っていた。
話を聞くとどうやら隣の組の可愛いと有名な女子が三弥におもいきって、「付き合って欲しい」と言ってきたらしい。
もう、明らかに告られてるよね?間違えよう、ないよね?
それをこの馬鹿は、ノッたら別の誰かが来て笑い者にするとかそういった類のいたずらとしか思えなかったらしい。そんな可愛い子が自分と付き合いたいと思うはずかない、といった揺るがないネガティブすぎる自信のせいで。
「お前、ほんと馬鹿な。面白過ぎるだろ」
廉冶が思わずそう言うと、三弥は意味が分からないといった風に首をかしげていた。
廉冶がそういった事を思い出しながら笑いをまた堪えてるとも知らず、三弥は大人しく髪をされるがままにして、というか謎に思いつつも特に何も気にする事なく歩き続ける。
ただ教室に入る時、癖なのかフ、と目を伏せてそのまま自分の席につく。これも廉冶は馬鹿だな、と思っていた。
ちゃんと前をしっかり見て入れば、皆がお前と挨拶したそうな顔をしながらこちらを見ている事に気づけたかもしれないのにな、と。
でも廉冶的にはそれで良かった。
むしろ気付かなければいい、とすら思っていた。
俺の玩具だもの。俺だけが傍にいるこの状態が楽しいもの。
繰り返しの日常。
そんな飽き飽きとした日々に色を添えてくれた三弥に感謝してもいいくらいだ。
そう思いながら、廉冶はあらためて三弥を見てニコリ、と笑った。