「レイコの青春」 1~3
レイコも、当初は保母さんを目指しました。
音楽、それもとりわけピアノ演奏が大の苦手だったために、
やむなく断念をしました。
たっぷりと未練を残しながらの挫折です。
そんなちょっぴりとした、ほろ苦い経緯も持っています。
スポーツなら万能と言えるほど器用で、
何にでも興味を示して取り組むのですがこと音楽に関してのみ、
周囲も気の毒がるほどその感性がありません。
「お久し振り、懐かしいわね。」
そんなレイコの耳に、
遠慮がちながらも(いつものように)元気を装う、幸子の声が響いてきます。
少しだけ困り事が有るので、レイコの力を貸してほしいと頼まれました。
「それを説明すると長くなるのよ』と、言いかけた幸子の声を遮って、
レイコがメモ帳を取り上げます。
「大丈夫よ
今晩ならあたしは空いているわ(いつものことだけど・・・・)。
どこに行けばいいのかしら? 住所を教えて頂戴。
メモを取ります。」
お客さんらしい車が、駐車場へ滑り込むのを横目で見ながら
レイコが、幸子の言う住所をメモに書き写しました。
訪ねる時間をもう一度再確認してから、レイコが電話を切り、
襟を直し髪を整えます。
毎朝、鏡の前で練習済みの、とびっきりの笑顔をつくります
(さア、いくぞ!)
心の中で一声気合をかけると、元気よくイスから立ち上がりました・・・・
仕事を終えてからレイコが訪ねたのは、
「仲町」という歓楽街のど真ん中にある、雑居ビルの一室でした。
会社の同僚達と何度か飲み会で来てはいましたが、さすがに今日は一人です。
混み込み入っている地理に、不安はありませんが、
日の暮れた飲み屋街を一人で歩くことに
さすがに気遅れを感じてしまいました。
やがて指示通り表通りから外れて、路地裏へ足を一歩踏み入れた瞬間には、
軽い身震いとともに、思わず両肩にも力が入ってしまいます。
群馬と栃木県を繋ぐJR両毛線の踏切の北側から、
赤いレンガ作りの洋館「桐生倶楽部」まで続く繁華街一帯のことを、
地元の人たちは、「仲町通り」と呼んでいます。
300m余りの細長い通りと、複雑に入り組んだ露地道に面して
数十軒の飲食店が、ひしめきながら立ち並んでいます。
バーやキャバレー、クラブなどの
洋風の「呑み屋」が「仲町」の表通りを占めています。
しかしひとたび路地の中へ足を踏み込むと、そこには昔ながらの
小料理屋さんや、2階に小さな座敷を備えた料亭などが、
たくさん軒を並べています。
表通りからは後退したといえ、今でも昔ながらの
営業を続けているのです。
作品名:「レイコの青春」 1~3 作家名:落合順平