「レイコの青春」 1~3
自宅は、天満宮の裏手で、山の手通りに面しています。
そこから工業高校裏手の、密集した民家の路地を200mほど
歩いてくると、遊び場だった天満宮に突き当たります。
突きあたりからは、(いつものように)膝の高さほど有る柵を乗り越えて、
裏手から本堂を右に回り込み、境内を斜めに横切ります。
数歩の先に、もう本町通りのバス停がありました。
毎朝ここから、
数分前に車庫を出たばかりの市内循環バスに乗りました。
本町通りを南下したバスは15分ほどで、市街を2つにわける
渡良瀬川へさしかかります。
対岸では、最近とみに開発が進んでいます。
こちらは桐生の「新市街地」と呼ばれ、
真新しい住宅と建てられたばかりの工場が広々と展開をしています。
山の懐に抱かれた盆地地形の旧市街地は、隙間が無いほどに
家々が密集をしています。
ゆるやかに蛇行を続ける川の対岸と、太田市まで続いている
丘陵地帯の間では今でも真新しい工場と広い道路が建設中です。
対岸でバスを降りたレイコは、
川の流れを見ながら、堤防をゆっくりといつものように歩きます。
出来たばかりの電機会社の社宅を越えると、レイコの会社の
赤い屋根が見えてきます。
10mほどある堤防の斜面を、いつものように一気に駆け下りました。
鍵のかかった裏口のドアを開け、専用の通路をぬけてから、
玄関のブラインドをたくしあげます。
ガラス戸の入口は、いつものように最大限に開け放ちます。
それからタイムカードを押すのが日課ですが、
実はレイコが正面玄関から出勤したのは、初出勤時の一度だけでした。
事務室のブラインドも開け、
窓も開け放つと、いつもと同じ一日の始まりです。
ひと通りの掃除が終わるころになると、やっと所長が出勤をしてきます。
営業マンと3人居る整備士も、ほぼ同じ時間帯と同じ順序で出勤してきます。
一日の体勢が、午前9時のほんの数分前に整います、
これもまたいつも通りの手順です。
午後の事務所で電話が鳴りました。
応対に出たレイコの耳に、懐かしい声が響いてきます。
相手が名乗るまでもなく、同級生の幸子の声だといち早く気がつきました。
作品名:「レイコの青春」 1~3 作家名:落合順平