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華あるものは夜にささやく

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大都会は眠らない。

 そんな言葉が嘘なのを、僕と千佳は×印が点灯する自動改札の前で思い知らされていた。
『本日の運行は終了いたしました』
 電光掲示板に愛想のない文字が流れるのを、千佳が今にも改札を蹴りそうな形相で睨みつけている。
 蹴ったところで壊れるのは彼女の足だけなのに。
「どうすんのよ、穂村!」
 駅から僕へと、矛先がぐるりと向かってきた。
「どうする、ったって」
 終電は? って聞いても「あと1ゲーム!」って最後の最後まで遊びたがってたのは、そっちじゃないか。しかもゲーム代は「男が出すもんでしょ」って全部こっち持ちで。
 走れば間に合う、っていうのに「走るのも嫌」「エスカレーターも階段も嫌」ってゴネたのはどこの誰だ。
 なにより今日知り合ったばかりで、君のことをそれほど知っているわけじゃないのに。

 いつも通りに、大学の学食で具のないカレーをつつきながらサークルの友だちとゲームの話題で盛り上がっていた。最近の流行はなんといっても『龍はゴト師』だ。実在する繁華街を舞台にヤクザがパチンコで成り上がる、っていうストーリーが硬派でシビれる。
 そのゲーム中に遊べるダーツで高得点を取る方法を見つけて、僕はネット上にもないその情報を熱くなって語っていたんだと思う。
 その時、突然「ダーツできるの?」と声をかけられた。
 それが彼女、千代田千佳だった。
 チヨダチカ。
 名前も珍しいけど、外見はもっと珍しい。
 女子のお弁当ぐらい派手で小さな顔に、フワリとした長い髪、モデル並のスレンダーな体型。そして服装も胸元の開いた服やミニのズボン(ショートパンツ?)とか、すっごいミニスカを履いてて、目のやり場に困る。けど、学内で見かけるとつい目が追っかけてしまう。
 いつも、ホスト予備軍みたいな男たちを引き連れて、学内を参勤交代みたいにゾロゾロしているから、すごく目立つ。
 そんな彼女から声をかけられて、ついでに彼女の後ろにいたホスト予備軍にも睨まれて、友達たちは僕の残して皆一斉に逃げていった。
『大学入るまで、こういう話出来る友達いなかったんだ』
 そう言い合った記憶や、ゲーセンや漫画ショップを巡った思い出、一緒に飲んだドクターペッパーの味が走馬灯のように駆け抜けていく。
「ちょっと話聞いてる? ダーツできるの?」
 座っている僕に、床に膝立ちになって彼女が顔を近づけてきた。大口径レンズみたいな目に見つめられて息が止まる。
 綺麗だ。かわいい。けど、それが怖い。僕の人生初の展開に何が起きるか分からなくてとにかく怖い。
「で、できません。ゲームの話です」
 ほら、そっちの勘違いだよ! 早く離れてどっか行ってください。
 心臓が爆発しそうなぐらいドキドキして、サァっと頭が冷えていくのが分かる。
「ふうん」
 彼女が少し目をそらす。
 ふう。そのおかげで一息つけた。視線を動かすと彼女の胸元からレースのカケラが見えた。ピンク色かな。
「ダーツやったことないの?」
 彼女が質問を微妙に変えながら立ち上がった。
 よかった、諦めて帰ってくれる。けど『やったこない』は正確じゃない。
「やったことないわけじゃないけど『できる』ってほどじゃないよ」
「なんだ。やったことあるんじゃないの。教えてよ。今日予定ある?」
 え! 何を聞いてたんだ彼女は。
「いや、だから教えるとかそういうレベルじゃ」
 彼女が僕の言葉を遮って「今日予定ある?」と念を押す。
「ないです、けど」
 なんで、僕なんだよ!
 そっちのホスト予備軍に教えてもらえばいいじゃないか。

「嫌よ、あんなの。女子を『触れるエロ本』だとしか思ってないんだから」
 指一本触れられたくない、とキツイ口調で吐き捨てた。
 電源の入っていないエスカレーターを千佳に続いて登る。距離を開けたら段差でスカートの中が丸見えになりそうだ。踏まれたら痛そうなヒールの高い靴から伸びるスラリと長い足が、目の前でスッスッと止まったエスカレーターのステップを上がっていく。僕はそのすぐ後ろをノソノソついていった。
「あんなのが周りにいるせいで、女友達だって出来ないし」
 と、少し憂いを帯びた声で漏らした。僕からは長い髪と背中とヒラヒラ揺れるスカートしか見えないから、どんな表情をしているのか分からないけど。
 そんな服装してるから、じゃないかな。
「そんな服装してるから、あんなのが寄ってくるんじゃないかな」
 彼女に付き合わされた今日一日がそうであったように、思ったことを心の中だけに留めておくつもりが口から出ていた。
 終電の終わった地下鉄構内は、明かりはついているのに、とても静かで。
 足の下にあるエスカレーターも、ただ電源を切られただけなのに、なんだか死んでいるようだった。
 だから、なんとなく、本当になんとなく「言いたいことは言っておかなきゃ」って気になったのかもしれない。
「ちょっと『そんな服装』って」
 文句を言いながら勢い良く振り返った彼女とすぐ近くで目があう。その大きな目が驚きに見開かれて、小さな口から黄色い悲鳴が漏れた。
 バランスを崩した彼女の足にエスカレーターの段差がぶつかり、仰向けに倒れそうになる。助けを求めて天へ伸びたその細い手首を僕は咄嗟に捕まえた。
「だ、大丈夫?」
 運良くエスカレーターの頂上近くだったおかげで、段差の角で体を打つようなことはなかった。
 僕の掴んだ手に、両手でしがみつきながら姿勢を戻した彼女が、目に怒りを溜めて爆発させる。
「なんで、あんな近いのよ!」
 矢のように鋭い言葉を吐いて「あんたもやっぱり」と続けかける。
 その続きは話の流れからなんとなく見当がついた。
 そして、そんなふうに思われるのはこっちだって嫌だ。
「違うよ!」
 大声で千佳の言葉を遮ってから続ける。
「そっちがそんな短いスカート履いてくるから距離あけて階段登れないんだよ!」
 パンツが見えちゃうだろ! とは、さすがに恥ずかしくて口には出せない。
「嘘よ! だってあんた、昼間、私のブラ覗いたでしょ!」
 気付いてたのか。
「違っ! 見えたけど、見ようとして見たわけじゃない!」
「一緒じゃない! どう違うのよ!」
『見える』のはいいけど『見る』のは嫌なんだよ。なんでこんな当たり前のことが分かんないんだ!
「とにかく! 距離を離すとスカートの中がずっと見えちゃうだろ!」
「見ないでよ! だからエスカレーターって嫌なのよ!」
「無茶言うなよ! 見える時は勝手に目が見ちゃうんだよ!」
「やっぱり見てんじゃないの! 変態!」
『変態』だって!
 そりゃオタクだから、アニメだって見るし、ゲームだってするし、その中に出てくる美少女が裸になれば釘付けになるし、あの裸は良い悪い、みたいな話だってするから、友達とは『俺ら変態だな』みたいな話もするし、世間的にはそうかもしれないけど。
「露出狂に言われる筋合いねえよ!」
 口から出たのが先か、堪忍袋の緒が切れたのか先か。
「ろ!」彼女が言葉に詰まる。
 今しかない! 勝負の神が俺の脳裏でそう叫んだ。
作品名:華あるものは夜にささやく 作家名:和家