「哀の川」 第三十六話
父親の遺体に一人一人お別れの挨拶をした。直樹は東京に出て行ったことを詫びた。杏子は反対された結婚をしたことを詫びた。純一は母を許してくれたことに感謝した。妻は何も言わなかったが、ありがとう・・・とだけ言った。
その言葉の裏には、結婚生活への感謝と、自分の過ちの侘びが含まれているように、杏子には感じられた。
震災のために大切な知り合いの住所録も無くし、身内だけの葬儀となった。すべてが終わって、実家に四人が集まったときに杏子が切りだした。
「母さん一人で大丈夫?二年は純一が居るからいいけど、その後は心配よね」
「東京へ来るかい?母さん?」直樹が聞いた。首を横に振って母親は答える。
「父さんとずっと一緒に暮らしてきたここだもの、どこへも行かないわよ。元気だからまだそんな心配はしなくていいから・・・自分たちのこと考えて頂戴」
「ねえ、お母さん・・・私結婚したでしょ。新居探しているんだけど、まだ見つからないの。佐伯さんがよければ、一緒に暮らしたいの。近くに住まい借りるより、何かといいかなあって・・・ダメかしら?」
作品名:「哀の川」 第三十六話 作家名:てっしゅう