短編『夜の糸ぐるま』 13~14
短編『夜の糸ぐるま』(14)
「愛は、最終電車とともに・・・・」
3両につながった上毛電鉄の最終電車に、
乗客の姿はほとんどありません。
国道50号やJR両毛線よりも遥かに北に位置していて、
赤城山の山麓をかすめるように横断をするこの路線には、
途中に大きな市街地などは、ひとつとしてありません。
前橋と桐生へ、沿線の高校生たちを運ぶのが主な仕事の路線です。
「部活で遅くなったときに、最終列車に何度か一人で乗ったけど、
もう少し、高校生たちの姿が有ったような気がするわ。
ずいぶんと殺風景ね、ほとんど乗客の姿が無いもの。寂しい限りの景色だわ」
「少子化で高校生たちも少なくなってきたうえに、
部活で遅くなっても、ほとんどが携帯電話による連絡網で
父兄たちが交互に車で迎えに飛んでいく・・・・
バス路線が全県にわたって廃止をされたために、群馬県は車がなければ
目的地には行けないと言う、公共交通機関の貧困ぶりを露呈した。
背に腹は代えられず、やむを得ずの車社会なのさ。
免許をもった人口比率での車保有数は、
群馬はあいかわらず全国トップを占めている。
玄関から玄関へ乗り付ける車社会が、
群馬の『移動』のすべてだよ」
「じゃあ電車に乗っている私たちは、
すでに過去の遺物、というわけね」
「まぁ、そういう見方も有る。
それはいいが、のんびりとしているうちに、
今、俺の降りる駅も通過をしたぜ。
どうする?このまま終点まで行くかい」
「家で待っている人がいるんじゃないの? あなたには。
大丈夫なの。帰らなくても」
「生家には、おふくろが一人で住んでいるだけだ。
時々朝帰りをしているから、帰らないからといって特に問題は無い。
君こそ大丈夫かい、帰らなくて」
「もう、アパートで待ってる人はいないもの。
実家に戻るのも、せいぜい盆とお正月くらいです。
それに実家には、すでに兄嫁がデンと構えているもの、
私はただの邪魔者だ。
ねぇ、・・・・肩を貸してよ。少し眠くなっちゃった。
桐生に着いたら起こしてね。
私がいつも行くお店で、カラオケでも歌って、時間を潰そう。
路地裏の小さいお店だけど、お客が居れば、
朝の4時過ぎまで営業をしているわ。
始発で、また戻ってきましょうね・・・・」
「俺は構わない」が、と康平が窓の外を見たまま腕組をします。
康平の肩へ頭を乗せたあゆみが、マフラーを外すと大きく拡げました。
「うふっ」、と小さく笑ったあゆみの声と共に、やがてシルクのマフラーが
やわらかくすっぽりと、寄り添い合った二人を、覆いはじめました・・・・
「群馬200を使った、
わたしの初めての作品がこのマフラーよ。
ほら、ブランドマークの一番下に、
わたしのイニシャルと製品番号が書いてあるでしょう。
最上級の絹はとても暖かいけど、貴方の気持ちは、もっと温かい。
・・・・ねぇ、何か話してよ。寂しいじゃないの。
乗客は桐生まで、私たち二人だけみたいな雰囲気だもの・・・・」
「眠る予定だろう」
「あなたには、長年の『貸し』があるわ」
「・・・・もしかしたら、
リバイバル映画の切符の件かい?」
「そうよ。純真な高校生が、大人たちの間に混じって、
隣の空席に泣きながら、最後まで映画を必死に見続けたのよ。
時間に遅れても、きっとあなたが来てくれると信じて、
場内が明るくなるまで待ち続けていたんだから、あたし。
あの日、帰り道の電車で初めて泣いたわ・・・・哀しすぎて」
「知らなかった・・・・」
「利息は、たっぷり払ってね」
「高いのか。利息は」
「払いきるまで、一生はかかるかもしれません」
「望む、ところさ」
「馬鹿だなぁ。どうすんのさ・・・・
余計な荷物をいまさら背負い込んで。
わたしのほうこそ、あなたに精いっぱい、感謝をするようだわ。
よかったぁ、温かいマフラーを作っておいて。
こんな風にいまさら役立つなんて、あの時は想いもしなかった。
ねぇ、今さら聞くのもなんだけど・・・ほんとに良いの?
私でいいの? こんな女でも」
「いいから、寝ろ。桐生に着いたら起こすから」
「目が、冴えてきた・・・・」
「勝手にしろ!」
「うっふ、ふ」
漆黒の闇の中、
赤いテールランプの上毛電鉄の最終電車は赤城山の山麓を、
終点の西桐生駅をめざして、とりわけ急ぐわけでもく・・・・
肩を寄せ合う二人を気持ちよく揺すり続けながら、
一路、東に向かって走リ続けます。
(完)
作品名:短編『夜の糸ぐるま』 13~14 作家名:落合順平