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『夜の糸ぐるま』 10~12

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短編『夜の糸ぐるま』(12)
「最終電車」



 「たった6年間だけど、君は全速力で走り過ぎたのさ。
 新しい命を授かっということは、
 ここいらでひと息入れろということだろう。
 肩の力を抜いて、どうやって健康な子供を産むか、
 それを考えるのも悪くないだろう」

 「すっかり、産むとき決めているわねぇ。
 わたしの事情も、よくわかっていないくせに・・・・
 まったく」

 くるりとマフラーをひと巻きしながら、あゆみは眉を曇らせています。
不服そうに、フンと尖らせた可愛いあゆみの唇を見て、
康平が笑いだしました。


 「拗ねるな、拗ねるな。
 胎教に悪い。・・・・ん、まだ、早すぎるか。
 あっははは」


 康平は、そうあっさり言い捨てると、
まったくの躊躇も見せず、あゆみを置き去りにして、
スタスタと上流に向かって少し早足で歩き始めてしまいます。
『あ、待ってよ!』まさかと思って油断していたあゆみが、
あわてて康平の後を追います。

 ここから少し上流に向かって歩くと、前橋に有るもうひとつの鉄路の駅、
私鉄線の始発駅でもある前橋中央駅の駅舎と、
そのプラットホームが見えてきます。



 かつてここには、
大手の私鉄にも引けを取らないほどの外観をした県内初の本格的な駅ビル
「上電プラザビル」が、おおいに威容を誇ってそびえていました。
テナントの撤退と共にビルは解体をされ、今はその面影すら残っていません。
しかし、その後の駅ビルの跡地にデカデカと、かつての存在を
アピールするかのごとくに設置された「中央前橋駅」の電光看板は、
そんな上州人の心意気ぶりを
今さらのように示すかの如く、実に、こうこうと
その輝やきを放ち続けています。


 2000年に完成したばかりの、
ガラス張りの新駅舎が近づいてきました。
ここのプラットホームに寄り添うような形で、ゆるやかな蛇行を見せながら
広瀬川は、さらに下流に向かって流れていきます。


 「かろうじて最終電車に、間に合いそうだ。
 君はどうするの?
 実家へ帰るなら、君の分も(切符を)買ってくるけど」


 「え?。私の家が、
 此処の沿線だって、なんで知っているの?」

 「昔のことだけど。
 通学中のセーラー服の乙女に、恋をしたことが有るんだ」


 「へぇ~、初耳だわ」

 「俺も、実は初めて告白をする。
 古いいわくつきの、ほろ苦い想い出だ。
 その子は、ここから二つ目の駅から、いつも決まった時間に、
 かならず、先頭から三番目の車両に乗りこんできて、
 必ず決まって赤城山が見える
 左側の席の三列目に座る」

 「どこにでもいる、
 普通の女子校生そのものね」

 「3年間、
 決まっていつもその女子校生と一緒になった。
 と言うよりも、その女子高生がいつも
 決まって乗る時間帯を発見してからは、俺の方が、
 一番便利だった電車をあきらめて、
 わざわざ遅くなるその列車に乗り換えた。
 おかげで毎日が、始業時間がギリギリになるという羽目になった。
 その子が前橋中央駅から女学校の方へ、
 姿が消えていくのと同時に俺は、
 全速力で反対方向に有る男子校へ、とにかく全速で駆けぬけた。
 遅刻すれすれという毎日だったが、時には運悪く、
 タッチアウトも有った」

 「あらまあ、
 ずいぶんとご苦労なさったのねぇ。
 で、どうしましたその後は。
 あなたのその淡い恋の顛末は?」

 「高校の卒業と共に、その子は、消えてしまった。
 一度も言葉をかけたこともないし、面と向かって顔を見たこともない。
 俺が覚えているのは、いつも見つめていたその子の右の横顔だけさ。
 清楚な感じの子、だったなぁ」


 「他には何か覚えていないの。
 その子のことで」

 「通学鞄と、
 胸に抱えたテニスのラケットケースには、
 いつも、四角い顔をした、
 白いウサギのマスコット人形みたいなものが、決まって
 ぶら下がっていたような気がする」


 「四角い顔した、白いウサギの人形?
 猫のキャラクターならいくつか思い当たるけど、
 ウサギのマスコットで、グッズらしいものなんか有ったかしら。
 ハローキティなら知っているけど・・・・
 擬人化された白い子ネコで、左耳の付け根に
リボンを付けているキャラクターよ。
 それとは違うのかしら?」


 
 「比較的太めで、
波打つような描線で描かれたウサギだよ。
 素朴な絵柄が特徴的で、たしか
1976年ごろに絵本化されたと聞いたけど」


 「キヨノサチコの絵本でしょ、それって。
 ウサギでは無くて、白猫の男の子で、
名前は『ノンタン』です。
 やんちゃでわんぱくで元気いっぱいなんだけど、
ちょっぴり気弱なところもあるの。
 いたずらが大好きで、遊ぶのも大好き。
 色々なものに興味を持つけど、ちょっぴりのわがまま屋さん。
 本当はやさしくて、実は、友達思いなのよ。
 自動車と赤いギターが、ノンタンの
一番大切な宝物なの」

 「随分と詳しいね、君は」


 「大好きだったのよ、私。ノンタンが」


13へつづく