山つつじ
山つつじ
ハイキングの会(遊歩会)の会合が終わり皆が帰り支度を始めたとき、佐藤聡子はちらっと洋平の方を見た。彼はまだ机の上で何か書いていた。聡子はそれから自分をこの会に誘ってくれた林光子の姿を探した。彼女は二人の男性会員に挟まれて、何かを言って笑わせながら、上機嫌で部屋を出て行こうとしていた。
聡子は少しためらったあと、洋平のそばに近づいた。もう帰ってしまった光子の紹介というか、半分強引に入会させられたこの遊歩会で自己紹介の時、一番印象に残っていたのが原田洋平だった。会の書記をやっていて、落ち着いた印象を与えていた。
心臓の鼓動が早くなったようだ。こういうことは慣れていなかった。それでも平静を装って「大変ですね」と聡子が声をかけると、洋平はおどろいたように顔をあげた。
その表情が自然に笑顔にかわったので、聡子はほっとして洋平の書いているものを覗く。
「ああ、書き漏らしていることがないかチェックしていたんだ。もう歳だからね、家に帰ってからだと忘れてしまうから」そう言って洋平は照れたように笑った。それから部屋を見渡し、たったいま気づいたというように「誰もいない」と言ってから聡子の方に向き直った。
聡子はまだ少しドキドキしたままだったのに、さらにドキッとした。しかし、洋平は当然のように「さあ、かえりましょうか」と言ってノートとボールペンをバッグにいれて立ち上がった。
洋平は歩きながら、「林さんはどうしたの」と聞いた。聡子は、洋平が自分と光子が一緒にここにきたことを覚えていてくれたので、うれしくなった。