「『人間』の課題」
『「人間」の課題』
ありきたりな喩えであるけれど、この、わたしの50年という歴史の中(つまりわたしは50歳)で、その都度その都度、誰かから「切符」をもらい、あるいは自分で手に入れ、その見えない行き先を思い描きながらいままで来たのである。それも一部自分でレールも作りながら。それは「時間」という名の電車の切符、誰にもほぼ平等に与えられた時間という価値、これは「命」といっても過言ではないだろう。その一刻一刻と自分という人間の一人として、この世界、日本という社会で、どうやって生きるのか、どうやって自分の思い描いた人生、あるいは思いもよらぬ人生を作るのか、そういう課題を持って生きて来たのだ。
振り返れば様々な局面で、様々な切符を手にしたと思う。ただその切符を有効に生かせることができなかった。そんな気がする。他人から見ればそうではないというかも知れない。それは仕方がないことである。誰でもがそうである。また、自分の人生に満足していると答える人間もなかにはいるだろう。現にわたしの竹馬の友はそう語っていた。切符をもらったのに失くしたか、下車すべき駅を間違えたか、電車自体が止まった、事故に巻き込まれた、天災にあった、電車から自分から飛び降りた、誰かに突き落とされた・・・・。まだまだ喩えられそうである。しかし、だ。ここまで来ると、つまり50まで来ると、自分で得るにしても、他人から与えられるにしても、その切符がもう数少なくなり、より人生の不安の波が押し寄せて来る気がするのだ。
最も原初の切符は親からもらった命の切符。自分が形成されるまでは庇護され、親が切符を与えてくれた。選択権はなかった。いつの間にか好き嫌いなどを言いだして、自分で選ぶようになる。そこが「人生のデビュー」と言ってもいいだろう。初めて駅のホームに立って、上りに乗るのか下りに乗るのかで大きく変わってしまう。いくつかの中間地点を経ながら、親をはじめ、先輩たちのアドバイスを受け、あるいは反発し、未来と将来に向け出発した。その地が正しかったのか間違っていたのかと悩む。間違ったまま進んでしまうこともあったはずだ。しかし、気付かなければそれまで。下手をすれば一生道を逸れたまま終着駅の「死」に到着するのである。果たしてわたしはどうなのだろうか・・・・・。
「人生について」という課題で、再就職先での宿題だ。前職を捨てて、新しい仕事に残りの人生を賭けるというつもりで跳び込んでみようと思ったのだ。面接という世にも奇妙な試験を受けた。しばらくぶりに味わったその時の違和感は若い頃に感じたものとは全く違っていた。相手のことがどうも人間に見えないのだ。その理由を無理やり考えてみた。わたしが50年生きてきたことと、この世の中の仕組み・構成・ルールというものが、確実にずれていたということなのか。いま面接をしている相手を見ていると、その語っている言葉そして世界が、いま自分のいる世界と同じには思えない。思想や宗教にも通じるものなのかも知れないが、明らかに違う。この人の本当の姿は分からないが、面接官という彼の身につけた鎧のようなもの、それがわたしには分からない。分からないというのは意味でなく、どうして着てしまったのかというところである。そうしなければ生きていけない、それを信じて生きてきた、それが人生だということで、そうなったのか。彼には罪はない。しかし、この人間社会において、わたしと彼との感覚が明らかにずれているのはなにゆえに起こるのだろうか。不思議である。
ただ、そういう仕組みのなかで生きている方法を見つけて、生きていくうえでのお金という価値を手にして、その等価交換を原則にして、その差額を儲けとし、蓄え、それが一人の人生の「結果」、答えとして、例えば死ぬ間際に「わたしの人生は○○円かー」と決算し、その満足不満足を問いつつ意識を失うということに、何の疑問を持たない訳でもあるまい。しかし、おかしなことを高等動物人間は考えたものである。
わたしは家でパソコンを前に、この課題を考え、パチパチとキーを打ちながら、いまのこの行為すらおかしなものだという感覚で、人生について語るということ自体が既におかしいのである。これでは宿題の結果は見えている。やはり、この世のものではないわたしは「人間」の世界には溶け込めないのかと思うのだ。
実はわたしはいわゆる人間ではない。見た目も中身もすべて「人間」としての条件は満たしているが、「人間」と違うものを持って生きてきたのだ。それは赤ん坊以前からである。具体的にいえば、受精した時点でということになる。母親と父親という男女は必要なのだ。ここからのスタートは「人間」と同じである、何が違うのかといえば、それはやはり後天的ということになると思うが、わたしが自分で気付き、自覚したのは15歳の時であった。けれど、ほんとうの意味で自覚したのはここ最近、つまり50年かってやっと自覚できたのだ。おかしな話だがそうなのだ。
では何が違うのかというと、わたしは「人間」と「人間」が殺し合うことの意味がまず理解できない。そして、国という概念や思想・宗教上での争い、また所有権を巡る利権争い、またすべてにおいて権力や暴力で「人間」が「人間」を押さえつけ、隷属させ、果ては命を奪うことも辞さないという姿勢、この辺りがまず「人間」と違うところかと思うのである。多少、同感できるは、お金という力で「寄付」や「募金」は意外に好きなのも「人間」である。これは儒教や仏教やその他の教えの中に、「情けは人の為ならず」的な、いつか戻ってくるという賢い考え方が遺伝子レベルで残っているからかも知れないが、わたしにはやはり分からない。
自分の故郷はある意味でこの地球である。宇宙の何処かから紛れ込んだ訳ではない。先程も言ったけれど、後天的にそうなったのだ。つまり、言ってみれば「宇宙ウイルス」として他の星から降ってきたものをわたしが受け入れ、冒され、知らない間に「人間」でなくなったのかも知れない。それはまだ実感もないし、それこそ根拠もない。他の誰かにこのことも言えないし。もしかしたら、他の誰かも同じように悩んでいるかも知れない。それをいま、この宿題に書いていいのかどうかをとても悩んでいるのである。
明日が提出日ある。このままでは破り棄てて明日は仮病でも使ってずる休みしてしまうほうがいいのかも知れない。「人生について」という課題に対して、自分の考えを、正直に書くことだとは思うのだが、会社に不安を持たせないような内容が望ましいに決まっている。いったい、どうしたらいいのだろう。こういうとき、信頼できる友がいれば助けてもらえるのだろうが、生憎、わたしには本当の事を言える相手がいない。それを言ったがためにわたしから離れていく「人間」が多いのだ。
ありきたりな喩えであるけれど、この、わたしの50年という歴史の中(つまりわたしは50歳)で、その都度その都度、誰かから「切符」をもらい、あるいは自分で手に入れ、その見えない行き先を思い描きながらいままで来たのである。それも一部自分でレールも作りながら。それは「時間」という名の電車の切符、誰にもほぼ平等に与えられた時間という価値、これは「命」といっても過言ではないだろう。その一刻一刻と自分という人間の一人として、この世界、日本という社会で、どうやって生きるのか、どうやって自分の思い描いた人生、あるいは思いもよらぬ人生を作るのか、そういう課題を持って生きて来たのだ。
振り返れば様々な局面で、様々な切符を手にしたと思う。ただその切符を有効に生かせることができなかった。そんな気がする。他人から見ればそうではないというかも知れない。それは仕方がないことである。誰でもがそうである。また、自分の人生に満足していると答える人間もなかにはいるだろう。現にわたしの竹馬の友はそう語っていた。切符をもらったのに失くしたか、下車すべき駅を間違えたか、電車自体が止まった、事故に巻き込まれた、天災にあった、電車から自分から飛び降りた、誰かに突き落とされた・・・・。まだまだ喩えられそうである。しかし、だ。ここまで来ると、つまり50まで来ると、自分で得るにしても、他人から与えられるにしても、その切符がもう数少なくなり、より人生の不安の波が押し寄せて来る気がするのだ。
最も原初の切符は親からもらった命の切符。自分が形成されるまでは庇護され、親が切符を与えてくれた。選択権はなかった。いつの間にか好き嫌いなどを言いだして、自分で選ぶようになる。そこが「人生のデビュー」と言ってもいいだろう。初めて駅のホームに立って、上りに乗るのか下りに乗るのかで大きく変わってしまう。いくつかの中間地点を経ながら、親をはじめ、先輩たちのアドバイスを受け、あるいは反発し、未来と将来に向け出発した。その地が正しかったのか間違っていたのかと悩む。間違ったまま進んでしまうこともあったはずだ。しかし、気付かなければそれまで。下手をすれば一生道を逸れたまま終着駅の「死」に到着するのである。果たしてわたしはどうなのだろうか・・・・・。
「人生について」という課題で、再就職先での宿題だ。前職を捨てて、新しい仕事に残りの人生を賭けるというつもりで跳び込んでみようと思ったのだ。面接という世にも奇妙な試験を受けた。しばらくぶりに味わったその時の違和感は若い頃に感じたものとは全く違っていた。相手のことがどうも人間に見えないのだ。その理由を無理やり考えてみた。わたしが50年生きてきたことと、この世の中の仕組み・構成・ルールというものが、確実にずれていたということなのか。いま面接をしている相手を見ていると、その語っている言葉そして世界が、いま自分のいる世界と同じには思えない。思想や宗教にも通じるものなのかも知れないが、明らかに違う。この人の本当の姿は分からないが、面接官という彼の身につけた鎧のようなもの、それがわたしには分からない。分からないというのは意味でなく、どうして着てしまったのかというところである。そうしなければ生きていけない、それを信じて生きてきた、それが人生だということで、そうなったのか。彼には罪はない。しかし、この人間社会において、わたしと彼との感覚が明らかにずれているのはなにゆえに起こるのだろうか。不思議である。
ただ、そういう仕組みのなかで生きている方法を見つけて、生きていくうえでのお金という価値を手にして、その等価交換を原則にして、その差額を儲けとし、蓄え、それが一人の人生の「結果」、答えとして、例えば死ぬ間際に「わたしの人生は○○円かー」と決算し、その満足不満足を問いつつ意識を失うということに、何の疑問を持たない訳でもあるまい。しかし、おかしなことを高等動物人間は考えたものである。
わたしは家でパソコンを前に、この課題を考え、パチパチとキーを打ちながら、いまのこの行為すらおかしなものだという感覚で、人生について語るということ自体が既におかしいのである。これでは宿題の結果は見えている。やはり、この世のものではないわたしは「人間」の世界には溶け込めないのかと思うのだ。
実はわたしはいわゆる人間ではない。見た目も中身もすべて「人間」としての条件は満たしているが、「人間」と違うものを持って生きてきたのだ。それは赤ん坊以前からである。具体的にいえば、受精した時点でということになる。母親と父親という男女は必要なのだ。ここからのスタートは「人間」と同じである、何が違うのかといえば、それはやはり後天的ということになると思うが、わたしが自分で気付き、自覚したのは15歳の時であった。けれど、ほんとうの意味で自覚したのはここ最近、つまり50年かってやっと自覚できたのだ。おかしな話だがそうなのだ。
では何が違うのかというと、わたしは「人間」と「人間」が殺し合うことの意味がまず理解できない。そして、国という概念や思想・宗教上での争い、また所有権を巡る利権争い、またすべてにおいて権力や暴力で「人間」が「人間」を押さえつけ、隷属させ、果ては命を奪うことも辞さないという姿勢、この辺りがまず「人間」と違うところかと思うのである。多少、同感できるは、お金という力で「寄付」や「募金」は意外に好きなのも「人間」である。これは儒教や仏教やその他の教えの中に、「情けは人の為ならず」的な、いつか戻ってくるという賢い考え方が遺伝子レベルで残っているからかも知れないが、わたしにはやはり分からない。
自分の故郷はある意味でこの地球である。宇宙の何処かから紛れ込んだ訳ではない。先程も言ったけれど、後天的にそうなったのだ。つまり、言ってみれば「宇宙ウイルス」として他の星から降ってきたものをわたしが受け入れ、冒され、知らない間に「人間」でなくなったのかも知れない。それはまだ実感もないし、それこそ根拠もない。他の誰かにこのことも言えないし。もしかしたら、他の誰かも同じように悩んでいるかも知れない。それをいま、この宿題に書いていいのかどうかをとても悩んでいるのである。
明日が提出日ある。このままでは破り棄てて明日は仮病でも使ってずる休みしてしまうほうがいいのかも知れない。「人生について」という課題に対して、自分の考えを、正直に書くことだとは思うのだが、会社に不安を持たせないような内容が望ましいに決まっている。いったい、どうしたらいいのだろう。こういうとき、信頼できる友がいれば助けてもらえるのだろうが、生憎、わたしには本当の事を言える相手がいない。それを言ったがためにわたしから離れていく「人間」が多いのだ。