6枚の花びらと6枚の翼
第一章 第一部 はじまりは
何かが起こるのはいつだって突然だ。そんなこと、分かっているはずだったのに。
「一番隊は城内を調べろ! 二番隊から七番隊までは中央広場を中心に国民の救助を優先しろ! 八番隊から十二番隊は後続のリマ国軍を待って救助、または同軍の支援をしろ!」
『はっ!』
怒号に近い命令に返事をして、世界に名高い軍事力を持つクロイツ国の王宮騎士団は散開した。本来ならば名の通り、自国の王宮を警備するはずの彼らが遠く離れたアストラル国という他国の地で動いているかというと猫の手でもならぬ他国の介入が必要なくらいの異常事態だからだった。
(まったく、何がどうなってるんだ……?)
齢十九にして王宮騎士団の第一部隊を任されているデビスト=クロノスは命令を遂行するため部隊の者達と共にアストラル国城を目指して走りながらぼやく。
突然の仮想敵国の崩壊。何の前触れもなく起こったそれは、地図上で見れば海を挟んで真向かいに位置するデビストのいるクロイツ国に衝撃を与えた。クロイツ国だけではない、砂漠を挟んで隣に位置するリマ国も、その隣のリーム国も、そしてその他の国にも衝撃を与えた。情報が錯そうし、混乱する中逸早く行動を起こしたのがクロイツ国で、それに続いたのがリマ国だった。他国もそろそろ動き出すかもしれない。
クロイツ国でいち早く動ける部隊が王宮騎士団だけだったというのと、万一アストラル国で異変が起こったという情報が誤りであった場合、すぐ引き上げることが可能であるという点で出動を命じられた。到着して見れば後続を招かねば収集がつきそうにないほどに荒れ果てた王都の様子に驚く羽目になったのだが。
「おい、どこ行ってるんだ。こっちだ」
先程デビストらに城内探索を命じた騎士団の団長にして、国王親衛隊隊長デべリアル=クロノスが通り過ぎようとしたデビストを呼び止めた。デビストは思考を慌てて止めて声に従い、正しい入り口が分からなくなっているほど崩壊している城の中へ足を踏み入れる。続く一番隊の騎士たちもこわごわ、と言った感じだ。
「デべリアル様、アストラル国王陛下と思われるご遺体を発見しました」
「案内してくれ。デビスト、お前は部隊の者達と東側を見てきてくれ。何か見つけたらここに戻ってこい」
「了解しました」
先に城内を探索していたらしい親衛隊の兵士に呼ばれ、デべリアルは西側の通路へと向かった。それを見送ってデビストは東側へと足を向ける。
「……調査とは言っても、ぼろぼろだな」
ぼやきながら進むデビストに一番隊の一人が頷く。
「隊長、がれきだらけで見つかる物も見つけられそうにないですよ?」
「そうだな……かと言って何も調べないわけにはいかない。気になる物を見たら教えてくれ」
『了解しました』
東側の通路を中心に一番隊の騎士たちはがれきの山から何か今回の事故を引き起こした原因を探り始める。
(事故……なのか?)
何故一瞬にして国全体が崩壊するほどのことが起こったのか皆目見当もつかない。地震があったとも聞かない。
(アストラル国は軍事国家だ。何か実験でもしてたんだろうか)
実験が失敗しての事故。ありえる話ではある。だが、規模が大きすぎる。アストラル国は砂漠の中にある国だが、国内は居住できるドーム状の結界と独自に開発したらしい技術で過ごしやすく、住みやすい国を作り上げていた。国土自体はそう大きくは無いが、城や城に近接する施設で起こった事故に王都全体が巻き込まれる程の大事故を巻き起こすとは。
(よほど派手なことしてたってことなのか? ドーム状の結界も結界を維持する装置もぶっ壊れてるみたいだし……一体、何が)
デビストは、辺りを見回しながら瓦礫の山となった廊下を慎重に進む。
「ん?」
視界の隅にきらりと光るものを見つけ、デビストはかがみこんだ。手に取ってみると、手の平で包めるほどの大きさの石のようなものだった。
「隊長、その石がどうかしたんですか?」
「あ、いや、さっき光ったように見えたんだ……」
今も、光っているように見えなくもないが、それほど気にするほどではなさそうだ。だが、何故かデビストには気になって仕方なかった。
(……まあいいや。持って帰って後で魔法団の誰かにみてもらえばいいか)
デビストは制服の胸ポケットに石を入れると立ち上がり、再び探索に戻る。
「隊長」
「ん? 何か見つけたか?」
声をかけてきた男の傍へ行くと、ぼろぼろになった何かの資料を差し出された。
「ぼろぼろで読みにくいですが、何かの調査書のようです」
紙が崩れないように注意しながら資料の束をめくっていくと、確かに何かのデータを書きならべているもののようだ。
「読みにくいが……何かのデータを書いてるみたいだな。一応、後で団長に見せてみよう」
「隊長、こっちにも何か紙の束が。何かの実験データみたいです」
別の者に呼ばれてデビストがそちらを向く。手渡された紙の束は先ほど受け取った物よりは読みやすかった。
「……“精霊と人の融合実験検証データ”? なんだこれ」
「なんか、危なそうな実験してたんですね。それでこんな……」
隊の者達が何か納得したような反応を示したのに対して、デビストは内心首を傾げる。
(情報が少ないな……危ないこともしてたみたいだが、ここまでの破壊を引き起こすほどのものか?)
危なげな実験の結果による大惨事。そうすませてしまえば楽だが、原因と過程が分からないまま結論を出すのは賢明ではない。
(何しろ、仮想敵国である国に勝手に乗り込んできてるんだ。俺達がここにいるということ自体、異常事態なんだ)
本来、ここで調査をすべきなのは自分達ではなく世界警察組織、通称SOSと呼ばれている組織の調査員がすべきだろう。それを振り切ったままここへ突入したのにはクロイツ国独自で入手した情報のせいでもあった。
―― 実験生物を秘密裏に作り出し、その実験生物の力でクロイツ国を始めとした世界各国で破壊活動をさせる ――
これが真実ならば一刻も早く処理しなければならない。だが、デマであった場合世界各国でこの話が広まった場合、混乱が起こるだけでは済まされない。この話の真偽を確かめるために、クロイツ国は非難されることを承知で乗り込んだのだ。
そこまで思考をまとめていたところでふと、デビストは先ほど手に入れた資料を見る。一つは、精霊と人の融合実験検証データとあった。
(まさか、これが……?)
そして読みにくい調査書。何の調査書なのか……。もしも先程手に入れた実験データに関するものならば、この辺りに実験施設を作っていたのだろうか。
(それとも爆発で吹っ飛んできたのか……。いや、吹っ飛んできたにしては原型をとどめてるからこの近くにあったのかもな)
自分の世界で思考をまとめているデビストの頭の中で、何かの声が聞こえた気がした。
『だ、れか……たすけ、て』
デビストは驚いて辺りを見回す。辺りを探索していた同じ隊の兵らがデビストの様子に不審な顔をする。
「どうしました?」
「あ、いや……」
デビストが弁明しようとした時、先程拾った石を入れた胸ポケットが輝き始め、白い光を放ってデビストのいる位置よりも更に奥へと光を指した。まるで向こうへ行けというように。
「……」
作品名:6枚の花びらと6枚の翼 作家名:茶甫