「哀の川」 第三十五話
ホテルの部屋で佐伯は杏子に、今日のパーティーで感動したことを伝えた。
「直樹君は、素晴らしい弟だね。羨ましいよ。俺なんかどこで何しているか解らない兄貴がいるだけ。偉い違いだよ・・・」
「そうかもしれないわ。あんなに泣いたの、初めて・・・恥ずかしいわ」
「杏子、今日からは俺が幸せにする。約束するから。何かが終わろうとするとき、何かが始まる・・・そう誰かに教えられた。逆に言えば、始まることは、何かが終わろうとしていること。俺も過去は終わりにしたから、杏子も終わりにして欲しい」
「はい、佐伯さん・・・あなたって呼んでいい?」
「嬉しいね・・・恥ずかしいかも知れないけど、慣れるよすぐに」
「そうよね、あなた・・・」
疲れた身体をお風呂に浸かって癒す。もちろん一人でだ。佐伯がバスルームから出てきて、横になっている杏子の隣に身体を寄せる。今まで感じられなかったドキドキする気持ちが杏子を襲った。佐伯はそっと抱き寄せた杏子の肩が震えていることにちょっと驚いた。
「ごめんなさい・・・変ね、私・・・」恥ずかしそうに言った。
「そんなことないよ・・・君は本当はそういう人なんだよ。今まで強がっていただけなんだ。今からそうしなくていいよ。心配することなんか何もないから・・・」
「ええ、そうね。あなた・・・恥ずかしいから暗くしてね・・・もう歳だし」
作品名:「哀の川」 第三十五話 作家名:てっしゅう