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虫のしらせ

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 浅川は和倉に対して強烈な嫉妬心を持っていた。和倉は途中入社、それも自分よりは四歳年下。その男が偉そうな顔をして訳の分からない理論をぶちまける。これまで長年にわたって築いた自分の立場を脅かしている、いや無能扱いにされているとさえ思われ、浅川には耐えられなかった。
 浅川は菅沼に、和倉の出金伝票全てをチェックするように指示した。特に出張旅費の精算に気をつけるように言った。
 同じ営業仲間、ある程度は何をやっているか推察がつく。それがぴたりと当たった。だが菅沼は、浅川に和倉の弱みを伝えずに自ら和倉を強請りだした。
 次に取った行動は浅川の弱みも握ることだった。
 浅川の部屋を訪ねた菅沼は、化粧棚に飾られたいくつかのフィギュアを手にした。
「いいフィギュアを持っていますね」
「ほうお前に分かるか。それはプレミアもので、一体三万は下らないものだ」
「じゃあこれを貰おうかな」
 浅川のカップを持つ手が止まった。開けた口が止まったままだったが、突然笑いがあふれ出した。
「菅沼、おまえ気が狂ったのと違うか?」
「いや、いたって正気ですよ、あんた以上にね」
「なんだと?」
 違う、俺の知っている菅沼ではない。部屋に迎え入れた時から奇妙な感覚が浅川にまとわりついていた。その不快な原因が今わかった。いつものおどおどした態度の菅沼がいない。浅川の頭を一抹の不安がよぎった。
「浅川さん、いや浅川、そう呼んでいいよな、同級だもん」
「き、貴様、」
「しかし、あんたのそのフィギュアも和倉と同じやり方で手にいれたんだろう、違うのかい?」
「ふざけるな、黙って聞いておれば。お前また昔みたいに苛められたいのか、俺がお前の昔の写真を持っているのを忘れるな」
「あんなもの。あんたのやったことと比べれば、どっちが秘密にしておきたいか」
「何を言っている」
「あんた、六月の十九日金曜日だけど、覚えているかい?」
「十九日?」
「ああ、夕方からの落雷で山手線や中央線が止まった夜だよ、あんたあのとき何処にいた、秋葉原じゃなかったかい?」
「だからどうした?」という言葉が途中で止まった。
 まさか、あの事を知っているのか。菅沼の目が笑っている。明らかに浅川より優位に立っている視線があった。
 こいつもフィギュアの趣味がある、すると……
「あんたからの入れ知恵で、和倉の弱みを掴んだが、もしかしたらと思って、あんたの清算書も調べさせてもらったよ。すると面白いのが見つかった。出張を一日誤魔化していたのがね。日当と宿泊費、合計で一万三千円」
 知っている、こいつは俺のごまかしを知っている。浅川は自分の顔色が変わるのを自覚
していた。


「嫉妬で行き着く先が殺人ですか、サラリーマンの世界も楽じゃないですね」
「ああ、どの世界も似たようなものだろう」
「確かに、うちにも昇進だけを考えて周りのことなど考えない人もいますが」
下村と石川は和倉の後ろ姿を眺めていた。最後の事情聴取を終え、帰るその背中からは安堵の色が見えた。
「犯人が捕まりました」
 そう切り出したときに、和倉は驚いた顔を見せた。下村から詳細な話を聞くと、やっと納得したようだ。
「でも、僕があいつの麺つゆにクスリを入れて、そのあと素麺をすすると急に苦しみだしました、あれは何だったのでしょうか?」
「彼が死んだのを確認されましたか?」
「怖くて出来ませんでした」
 下村は様子を詳しく聞かせてくれと言った。
「成る程そう言うことですか。多分菅沼さんは一時的に素麺を咽喉に詰まらせたのだと思いますよ。若い人でもよくあることです。それに食卓の上に置かれた麺つゆには青酸カリは入っていませんでした」
 和倉が購入したという小瓶を調べると、色のついた砂糖に過ぎなかった。
「考えてみれば、彼もついていたんですね。もしネットで買ったものが本物の青酸カリだったら彼がいまごろ殺人犯になっていました。逆に浅川は最後までついていなかったってわけですか」
「そういうことだろうな」
「浅川も馬鹿なことを考えなかったら殺しまですることもなかったのに」
「人間の弱さだよ、みんな同じだ」
「しかし、和倉はずいぶんと気になったようですよ、血液のことが」
「ああ」
「落ちていた蚊だって教えたらどんな顔をしたでしょうか」
 石川が含み笑いをした。フィギュアの中に転がっていた蚊、たっぷりと血を吸って飛べず黒々とした腹を見せていた。
「悪いことは出来ないってことだな。さあ、あと片づけが残っている」
「書類は苦手です」
「俺もだ」と下村は笑うと踵を返した。
 了

作品名:虫のしらせ 作家名:六出梨