帰り道
あれから、一週間ほどたったある日。
その日も男は残業を終え、事務所の鍵を閉め、エレベータを待ちながら、メールをチェックしていた。
ふと、影が飛び出したと思った瞬間、男の唇に柔らかな感触がした。
「見っけ…先日のお礼はこれでいい?」
一歩怯みながら、男の脳裏に忘れていた記憶が甦る。
「あ、キミ…」
女が微笑んで男を見つめていた。
男にとっては突然の出来事。
「なんなの?」
「だから、先日のお礼です」
「こんなところまで?それにどうしてここが?」
「うーん。少し探したけど、つき止めた。駐車場で見かけて待ってたの」
エレベータのドアが開いたが、ふたりは乗り込まないまま、ドアが閉まった。
「キミ、それってストーカじゃないの?」
「え?犯罪?だって、お礼が言いたくて待っていただけだよ」
男は、女の様子に怒りや不信感よりも可笑しく思えてきた。
「参ったな。しかもこんな夜中に男を待っているなんて…警戒心ってないのかな」
男がクスリと笑うと、女も笑った。
「とにかく、もうここを出よう。それに私は疲れているし」
男は、再びエレベータのボタンを押すとすぐにドアが開いた。
「はい。どうぞ」
ドアを押さえ、男は女を乗せ、自分も乗り込んだ。