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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 終章

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 はやし立てるギャラリーに、ハッカたちはただただ混乱した。
「は? 死ぬって何────!?」
 そして突如としてハッカの左頬にとんでもない衝撃が迸る。瞬間、身体が右側へ吹き飛び壁にぶつかる。
「へ? は? あれ?」
 何が何だかわからない。心臓が壊れそうなほど強く速く動いている。それよりも何よりも、顔の左半面がジンジンと熱を帯びながら麻痺している。
 それでも何となくだか状況が読めてきた。打(ぶ)たれたのだ、平手で、めっぽう強く。
「な……、何するんで、すか」
「あ? 何って按手礼だよ、按手礼。牧師の身体を通して相手の頭に直接聖霊(ペルソナ)を注ぐ儀式だよ。どうだ、ビリっと来だろ?」
「死ぬかと思いました」
「人は死の際を体感してこそ生の喜びを知るもんだ。どうだ、嬉しいだろ?」
「あまりの理不尽さにむちゃくちゃムカついてます」
「そうかそうか、逆の逆はまた真なりってな、善(よき)哉(かな)善(よき)哉(かな)」
 かんらかんらと、人助けをした最後に締めの笑いをする水戸黄門もかくやの一方的で独り善がりの納得をする唐鍔牧師。
(え、というかこれ頭に、っていうか顔だよね? 按手礼っていうか闘魂注入だよね? 聖霊(ペルソナ)っていうか激痛(ペイン)だよね?)
「そんじゃ次は三千歳、お前だ」
「え、あっ、はい!」
 矛先を向けられた儚は緊張で身体が強ばりピシャリと〝気をつけ前ならえ〟の体勢になる。すると、
「────はうっ!」
 ペチン、という気の抜けたビールのような拍子抜けした音が鳴った。
「へ? は? あれ?」
 蚊を殺す程度の、弱いそれだった。
「何だよ、それ! 何でぼくだけ全力でそいつには手を抜くんだ! そんなのってないよ、おかしいよ、女だからか!?」
 野次を飛ばすハッカ。キョトンとする儚。
「ん? いやいやそうでなくて」
 ぱあああぁぁぁん。
 肉に鞭を打つような気持ちのいい音が響いた。と同時に儚の身体が横っ飛びし、ハッカと同じ壁に、むしろハッカの上に叩きつけられた。
「がはっ!」
ハッカはうめく。そして力なく項垂れる。
「身体、緊張してた。怪我する。危ない」
 なぜかカタコトの単語重視の台詞。
「あんたって人は……、あんたって人は……」
「まあそう嘆きなさんな、これで正真正銘、お前らはわたしたちのファミリーだ」言いながら唐鍔牧師は歩み寄り、二人を抱え起こした。「それとお前らにいいものをやろう」
「こいつだ」
 と、二人の前に出されたのはシルバーアクセサリーだった。
「これって……」
 ハッカに手わたされたのは、以前二つのうちどちらのデザインがいいかで問われた翔く鳥の翼が輪になったリングだった。
 儚がもらったのは折り鶴の背中にチェーンのついた片耳用ピアスだった。
「夜なべして作った。リングの方はほとんどできかかってたからよかったが、鶴の方は一晩のうちにデザインしてクレイシルバー練って焼いて彫銀した。疲れた。どっかの糞餓鬼がストックしてたデザインをアルファロメオの劣化コピーとか吐(ぬ)かすから」
 帽子の鍔下からジト目を向けてくる唐鍔牧師。
「気にしてたんですか……、あれ?」
「どした」
「いや、その……この指輪おっきくてどの指にもはまんないんですよ」
「何ぃ? 親指にもか?」
「はい」
 ハッカの言う通り、リングは細く小さい指のどれとも合わなかった。
「ちっ、あの時は色々テンパってたからサイズのこと忘れてたよ……。返せ、また新しく作り直してやる」
 唐鍔牧師はぞんざいにハッカへ手をのばした。
「いえ、いいです」
「あぁ?」
「だってほら、こうして紐に通せば」
 ハッカは首にかかっている螺子巻きのついた皮紐を外し、リングにそれを通した。
 螺子巻きとリングが当たって、チャリンと銀の透き通った音が鳴った。
「大人になったら指にはめなす。それまではこれでいいですよね?」
「まぁ、お前がいいってんならわたしはもう作らんぜ? 言っとくが後になってやっぱヤダっていうのは無しだからな?」
「はい!」
 余程首から下げるのが気に入ったのか、ハッカはチャカチャカと螺子巻きとリングを胸の前でいじくった。
「あ~あ、たくぅ。あれじゃあ直ぐに傷だらけだぞ。シルバーの傷除去は面倒なんだが……」
「いいじゃないですか牧師(センセイ)、あの子自身が気に入ってるなら、それで」
「ふん、それもそうだな。ヨシ! お前ら、メシにするぞメシ! 今日は永久が腕によりをかけて作ってくれた。食い終わったら他のメシ屋呑み屋で二次会三次会だ! ついて来れるな、お前ら!!」

 ──応(アーメン)ッ!!

『唐鍔御仁、唐鍔御仁! 儂には何も無いのですか、その銀細工の飾り物はないのですか!?』
「黙れ、畜生! ド畜生が! 家の中に入れてもらえるだけありがたいと思え、この畜生!」
 みんなが礼拝堂(ホール)の奥へ移動する中、ハッカは一人ドアの前で固まっていた。
「これが家族……か」
 舌の上で転がし、確かめる。自分が想像していた家族像とは、似ても似つかずかけ離れてはあったが、
「いいもん、だな?」
 深く考えるとどうにも怪しい、が。
「まっ、いいか、これで──?」
 不意に、鼻の息が詰まった。次にぽたぽたとTシャツの前に紅い滴りが落ちる。
「あっ、鼻血」
 唐鍔牧師に殴られた後遺症が、少し遅れて現れた。

        † † †

 動物たちの奇面が吊るされた回廊。
天を突くは鳥居の電波塔。
鯨の残骸。
その最奥。
山と積まれた電影を映し出す投影器。
ブゥゥゥン。ザ、ザザザザ……。
『天に精星、地に凶星。世は遍く流転、金白西秋哭。五黄、回天するは太極の器……か。
 なるほど、まさかここまで早い展開になるとはね、ボクでも予想しきれなかったよ。でもこれで核となる世界卵(デミアン)も確認できた。直に対存在も生まれる。すべてのファクターがそろいつつある。
 ん? そう言わないでおくれよ、亜鳥。ボクはもう失敗しない。これはまだほんの始まりじゃないか。ボクの普遍言語がモナドの境界を融和させる日も近い。

〝鳥は卵から出るために戦う。卵は世界である。生まれようとするものは世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアブラクサス〟

 さあ亜鳥、ツァラトゥストラの一三階段はもうすぐそこだ。あれを踏破し、神の眼前へ立った時こそボクは神に言わせてやるのさ〝神は死んだ〟────とね』