小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ウロボロスの脳内麻薬 第八章 『スレチガイ交差点』

INDEX|1ページ/10ページ|

次のページ
 
「おい! ホントにこの道であってるんだろうな!?」
『この期に及んで儂の鼻を疑うつもりかっ!』
「だってオマエ、あの時は大きくなって普通の狼みたいだったからなんとなくその場の流れて信じたけど、よくよく考えるとナイわっ。どうやってぼくの右手動かしてんだよ、どうやって匂い嗅いでんだよ!?」
『気合だ気合、心の嗅覚を研ぎ澄ますのだ!』
「はぁ~、いるよななんでも心の〇〇で見ろとか、考えるな感じろだとか、子供にたいして自分じゃ絶対できないようなこと言う大人ってさ!」
『儂は神だ! 大人も子供もあるか! 貴様は速く走ることだけ考えろ!』
「寄生してるくせにエラそうなこと言ってるなよ! そんなに文句があるなら自分の脚で走ってみろ、まっ、どうせ無理だろうけどな!」
『ええい、黙れ黙れ! 今は儚を助けることだけに集中しろ!』
「うっせ、駄犬、バーカ、バーカ」
 犬の鼻に頼っているいるせいか、さっきから細い路地を行ったり来たり、右に曲がっては左に曲がるの繰り返しだ。まったくの出鱈目。実際には何キロも走っているはずが、目標に近付いている気がしない。
 ハッカの息が上がる。小学生の体力の限界が迫っていた。
『彼(あす)処(こ)だ、彼処に出ればもう眼前だ、気張れよ麦村ハッカ!』
 路地の先に明かりが広がる。
「っつぅ────う?」
 明かりの先に待っていたのは、無数の灯り。街の灯りが待っていた。路地裏から出た先にあったのは繁華街(センターエリア)の中心、いつもハッカがいたスクランブル交差点前だった。
「おい……こんだけ走ってなんでこんなとこに出るんだよ」
『そんなのは儂の埒外だ。儂は実際にこの道を通ってあの伴天連(キリシタン)寺に着いたのだ、故に責などあってたまるか』
 ったく、あの酔っ払いは。
 ハッカの脳裡に飄々とした黒服姿の女性が浮かぶ。
「で、肝心のアイツはどこにいるんだ」
 あたりを見わたすも、儚(それ)らしい影はうかがえない。
「おい、いないぞ真神。ホントにここにいるのか」
『知らん』
「はぁ!? だってオマ──」
『儂はあくまで儂を運んだ者の匂いを辿ったに過ぎん。儂にはな、もう彼奴の匂いがわからんのだ』
「それって」
 神隠しって、ことなのか。
 真神の鼻ですら見つからない《アルジャーノン》の儚を、どうやって。
 するとかちゃりと、胸のあたりで硬質な音が鳴った。
 ハッカは息を止める。そうしてゆっくりとたしかめるながら首からぶらさがる革紐を手繰る。その先にあるのは真鍮の螺子巻き。ハッカは今気づいた、螺子巻きには小さく〝Fulcanelli〟と筆記綴り(スペル)が刻まれていた。
 おもむろに、ハッカは首から革紐を外す。
『麦村ハッカ?』
 集中する、聞きたい音以外はすべて耳には届かない。
 革紐の先をつまみ螺子巻きをぶらさげる。そのまま眼を閉じて螺子巻きの先端に意識を尖らせる。傍目から見ればそれは丁度ダウジングのようであったが、ハッカはむしろ振り子を思い描いた。事実、螺子巻きはなんら力など加えたはずないのに、ゆらゆらと揺れ始め最終的には細長い楕円を描きながら反時計周りに回転を始める。
 それはまさに、地球の自転を示す現象〝フーコーの振り子〟そのものの動きだった。しかしそれは、紐の長さは最低でも一〇メートルを要し、また錘は重い球体でなければ決して成立しない代物だ。
地球の重力と反時計回りの自転運動とがもたらすため、宇宙から見れば回転しているのは振り子ではなく地球に見える。謂わば地球の中心、確信の祭壇を呈していた。

鳥の啼き声が、響いた。

 その瞬間、暗く閉じていた目蓋の裏に光が灯った。ハッカは眼を開ける。光明が示した場所はスクランブル交差点、その丁度真ん中だった。歩道信号が、一斉に赤から青へと移り変わる。まだ夜も若い。人は大勢いた。その中を、ハッカは一歩一歩確かな足取りで歩き出す。そんな少年に、人々は誰も近づかなかった。この密集率の高い中で、ハッカを中心とした周囲二メートルからすっぽり丸々人が消えてしまった。
 ハッカはスクランブル交差点の中心の一歩手前で、止まった。
 何秒も、何十秒も、動くことなく立ち尽くした。やがて、人垣は霧散し信号は赤になる。

 四五秒間の静寂が──、始まる。

 スクランブル交差点に残されたのは少年ただ一人。
 凛と、玲瓏な鈴の音が響きわたると、ハッカの眼前に紅い鳥居が現れる。
 ハッカはその門を躊躇なくくぐった。すると中に入った先にはホワイトノイズが広がっていた。背景の色という色が失われた、灰色の世界だった。
 ただ、少年とその傍らに控えた狼だけは、本来の色を持っていた。
 真神はマペットの状態から再び四足巨躯の狼へと変態を遂げていた。そして二人の視線の先には、うずくまり膝に顔を埋(うず)めた少女の孤影があった。
 ハッカ、真神、そして儚。三者に動きはない。誰も音を立てず、ただ黙して息を殺していた。そんな中で耳に入るのはパチパチ弾けるノイズの煩わしさばかり。
『儚……』真神が、一歩二歩と警戒しながら儚に歩み寄る。『儚!』
 堪らず狼は駆け出した。
 その瞬間、ハッカは何かを察知する。
「待て真神!」
 ハッカが制止をかけたと同時に、まわりを黒い人影が囲っていた。人影は手をつなぎ、円形になってハッカたちの周囲を回りだす。
 影たちから、文字通り子供の声で童歌を歌い出す。
 すると儚の背後の影から青いテレビ、《カイロスの檻》が出現した。
 画面はまだ砂嵐の状態だった。

 かごめかごめ
鏡よ鏡

 籠の中の鳥は
 鏡の中の私は

いついつ 出やる
 もう一人の自分に逢えるのでしょうか?

夜明けの晩に
丑三つ時夜に

鶴と亀が滑った
 私はすべてを失います

後ろの正面だあれ?
 私のうしろで私の背中を見つめているのは────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────いったいどこのどなたでしょう?

 すくりと、少女は立ち上がった。頭だけ俯いて、顔は陰になり表情はまったくうかがい知れない。右手を真っ直ぐ横へとのばす。その指の先には紅く煌めく飴玉が摘まれていた。彼女はそれをやおら口へと近づけ、カリっと、小気味いい音を響かせて、かじった。
 すると儚の長い黒髪は一瞬にして輝く純白に、瞳は妖しく碧に染まる。

 そうして、それは顕現(あらわ)れた。

「は──ぁ」
『なんと……これは!』
 少年と狼は息を呑んだ。
 眼の前にあったもの、それは──真っ黒い、闇を凝縮させた巨大な四足の獣。
 丸太よりも太い脚。身体を覆うのは針葉樹の葉のように硬く太い毛。文字通り人すら一呑みにしてしまうほどの、大きく裂けた犬口。そこからは粘度の高い唾液が垂れ、呼気が湯気となって昇っている。爛々と紅く光る眼球は、瞠目してなおハッカと真神を睥睨していた。
 そこにいたのは巨大で強大な、一匹の狼。その巨躯は熊も牛も象すらも凌駕し、頭頂部は車両信号機とほぼ同じ高さに位置していた。