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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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第七章 『大(オオ)顎(アギトノ)真(マ)神(ガミ)』

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 ハッカは握っていた螺子巻きを首から外し、真神の額に向けて真っ直ぐのばす。
『──廻せ』
 その言葉が獣の口から出るよりもわずかに早く、ハッカは手首を捻らせた。
 ガチャリと鍵を回す音がする。

 かけまくも ゆゆしきかも
言はまくも あやに畏き
明日香の 真神の原に
久かたの 天(あま)つ御(み)門(かど)を
畏くも 定めたまひて
神(かむ)さぶと 磐(いわ)隠(がく)ります

 万葉集の一首を唱えて、真神は吼えた。脚からあごの先まで、真上に向かって垂直に顔を上げて遠吠えをした。
 長く……永く……、咆哮はいつまでも、そして海の向こうまで届くほどだった。

† † †

 永久が祈り屋の両開き扉(フレンチドア)を開けた。
「牧師(センセイ)から聞いたよ麦ちゃん、どうしたのさいつまで経っても帰ってこないで。晩ご飯はもうとっくにできてるんだよ──うわっ!」
 礼拝堂の中に灯りはない。真っ暗だった。
「いるのー、麦ちゃーん」
 返事はなかった。それでも、永久はハッカの気配を感じていた。
「何があったか知らないけどさ、ご飯の時間にくらいは帰ってきなよ」
 すると足音が聞こえてきた。
「儚はどこに」
『出島(フアウンデーシヨン)だ、急げ!』
 片側の扉を手で押さえて半開きにしていた所に、勢いよく少年が飛び出していくのを永久は認めた。それは確かにハッカだった。それともう一つ、それとは別の厳かな気配があった。
 しかしもう遅かった。少年と正体不明の影は、ネオンの灯りに消えていった。
「ったくぅ、どこに行く気だよ。人の気も知らないでさ」
 などとぼやきながら回れ右して戻ろうとした時だった。眼の前に黒い長身の孤影がそびえていた。
「っっっっっ────────って、牧師(センセイ)! びっくりさせないでくださいよ」
「それよりも、あいつは行ったのか?」
「えっ、あぁ、麦ちゃんですか。そうなんですよ、迎えにきたらいきなり飛び出していっちゃって、」言いかけて、永久は言葉を区切った。「どうしたんですか、そんな格好して」
「ん? ああ、まぁな。お前も伽藍堂(ガーランド)を持ってこい、ちっくと走るぞ。ちっくと年甲斐もなく、騒ぐかもしれんぞ」
「牧師(センセイ)……?」
 永久が見上げた先にあったのは、白い歯の間に煙草を噛んで凶暴な笑みを浮かべる黒牧師の姿だった。