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山本ペチカ
山本ペチカ
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ウロボロスの脳内麻薬 第六章 『GOD&SPELL』

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晴れた日の週末。海岸線沿いの国道を、一台のスポーツカーが疾走していた。
 北米仕様の日産フェアレディZ。ターコイズブルーの車体は、入道雲がそびえる眩しい碧落と穏やかな波に揺れる海の間を走るのによく似合う。昨今のエコカーからは考えられないほどの、旧車のスポーツカー独特の大排気量エンジンの咆哮が閑散とした地方の国道に轟く。
 運転するのは黒服(ダークスーツ)の中に菊や牡丹といった和の花が散る派手なシャツを着た唐鍔虎子牧師。普段かけている金縁の丸眼鏡ではなく、〝Ray-Ban〟の黒くて大きなレンズのサングラスをしている。
 二人乗り(ツーシーター)の隣座席に座るのは白髪を隠すため目深にワークキャップを被った麦村ハッカ。彼は横の窓を半分開け、遠く岬の外れに見えるターミナス・ファウンデーションを眺めていた。
そんな子供を尻目に、大人はスピーカーがセットされたMP3プレイヤーに手をのばしフランク・シナトラの〝All of Me〟をかける。同時に唐鍔牧師はシナトラと共に陽気に歌い出す。
「All of me, why not take all of me?~♪」
「……社長」
「Can't you see I'm no good without you?~♪」
「社長」
「Take my lips, I want to lose──」
「社長!」
 恋する女性が好きな相手に自分のすべてを奪って欲しいと訴えかける歌。しかしハッカによって奪われたのは軽やかに歌う唐鍔牧師の上機嫌だった。
「チッ、何だよ。耳元で我鳴りなさんな、鬱陶しい」
 人の声が聞こえないほど歌に酔ってたのは誰なんだよ、とハッカは心裡で呟いた。
「まだ着かないんですか、その知り合いの教会には」
「もうそろそろだ。五分か一〇分か……三〇分か」
 今だいぶ飛んだよ。だいぶ。
「わたしとのドライブデートは厭かい? はっ、なら飛ばすぞ!」
カーブを抜けてZは直線に入った。唐鍔牧師は指貫きグローブから漏れた指でとんとんっと木製ハンドルを叩いたかと思うと、即座にクラッチを切りギアをMAXへ入れ換え、アクセルを全開に吹かした。同時にエンジンが激しい雄叫びを上げ、スピードが一気に跳ね上がり時速一五〇キロをマークする。
「うくっ──!」
ハッカの小さな身体に一瞬で二倍もの重力加速Gがのしかかる。
 いくら他に車が走っていないとはいえ道路交通法違反も甚だしい。警察に見つかれば一発で赤切符六点が切られてしまう。
「相変わらずたまらんな! Zのエキゾーストノートはッ!」
 横で蒼褪めた貌をしているハッカを他所に、唐鍔牧師はスピートを緩めることなくドリフトで鋭くカーブを切った。

 一〇分ほどで、唐鍔牧師の運転するZは国道から細い山道に入った場所にある教会の前に着いた。
 林の中にポツンと一軒だけ建つ白い石造りのゴシック教会だ。唐鍔牧師たちの祈り屋も旧い教会だが、これはさらに数百年の重みを感じる。
 黒い木造建築の祈り屋とは違う、石独特の泰然自若さだ。おそらく日本で建てられたものではなく、中世代のヨーロッパで造られた教会をそのまま移築したのだろう。教会建築の歴史の浅い日本では決してこのような旧い教会はありえない。
 唐鍔牧師は獅子が銜える青銅の輪を取り、重い観音開きの扉を開けた。
後ろのハッカがふと上を仰ぐと、そこには不気味なガーゴイルが睥睨と自分の頭を見下ろしていた。
「おい麦村、何突っ立てる。さっさとついてこい」
ハッカは「ふん」と鼻を鳴らし唐鍔牧師のすぐ後に続いて教会の中へ入った。
礼拝堂は海と森に囲まれた立地のためか中はひんやりと冷たく乾燥した空気で満ちている。祈り屋のようにエキセントリックな内装はしていない。極めて普通の、長椅子と祭壇とステンドグラスがある、一般的とさえ言っていい教会だった。
が、そこにいたのはおおよそ一般的とも教会ともかけ離れた光景が広がっていた。
「あっ……、そこです神父サマっ、そこに挿入してください──!」
「ここ……ですか?」
「もっと…………もっと下です!」
「はて、すみません、眼がよく見えないものでして」
 上で磔にされてイエスの像がある祭壇のちょうど真下で、黒い尼僧服を着た修道女(シスター)が大きく裾をたくし上げ、開いた股間を隠すように車椅子に乗った礼服(カソツク)の男性がなにやらカチャカチャと金属音を響かせている。
 そんな二人をよそに、唐鍔牧師つかつか大理石の床を踏み鳴らしながら歩み寄った。
「おい」
「はて、うまく入りませんね。本当にこの鍵でよろしいんですか?」
「おい」
「はい、はい、だから早く~──!」
「おい!」
「困りましたね」
「オイッ、つってんだろ!! この腐れ外道(マザーフアツカー)カトリック!!」
 広いチャペルのすみのすみまで行きわたってもまだお釣りのくるほどの大(だい)音(おん)声(じよう)だった。
「あれ、その声は唐鍔サンですか? いつの間に約束の時間に?」
「こいつが急げってんで飛ばして来んだよ! お前ら昼間っから何ピンクの蛆湧かしてんだ! 〝イエス様が見てる〟ってか!?」
「何を勘違いなされているんですか、虎子さん? わたくしはただ神父さまに貞操帯の鍵がかかっているか確かめていただいてただけですよ?」
 修道女(シスター)の格好の女が妖艶な吐息交じりに言った。
「はぁ!? お前は修道女(シスター)以前にカトリックでもクリスチャンでもないだろがっ!!」
「あなたたち無節操なプロテスタントと違ってカトリックは形式・様式から信心を深める宗派なのです。だからわたくしは神父さまのお世話の合間に、こうして主にささげた操を──」
「ホームヘルパー三級の落ち零れ派遣家政婦がほざくな! 処女ですらない売女(ビツチ)がいったい何から貞操を守るつもりだい!!」
「〝何〟って、〝ナニ〟からに決まってるじゃないですか。そんなこともわからないほどわたくしたちので発情しちゃったんですか、牝(メス)虎(ネコ)さんは」
「虎(ネコ)……だと……?」唐鍔牧師の俯き、肩と握り拳をわなわなと震わせた。「上等だ、なんちゃってコスプレイヤーが! 今すぐその黒革の貞操帯(パンツ)ごと陰毛全部毟ってやるから覚悟しな!!」
 唐鍔牧師は脚を広げて肩を落とし、両手の指をめいっぱい広げて爪を抜き出しにした。中国拳法、虎拳の構えだ。
「あらあらまあまあ、怖い怖い。わたくし犯されてしまうのかしら?」
「ぬかせよ、アバズレ糞ビッチ!」
 祭壇で横柄に背をのばす修道女(シスター)に、唐鍔牧師はじりと間合いを詰める。
 その時だった。パンパンと柔らかく手を叩く音がする。
「お二人ともそのあたりでお止めください。仮にも神前ですよ、父・御子・御霊の御前ですよ? それよりもなによりも子供が見ているではありませんか」
 車椅子の礼服(カソツク)姿の老人が言った。
 すると一斉に六つ目の眼が帽子で貌を隠した少年へ向けられる。
 一声かけて二人の喧嘩を止めて欲しい老人。
 喧嘩の邪魔をするな、と言いたげな鋭い眼光を飛ばす唐鍔牧師。
 ハッカを舐め回すような視線で、凄艶な笑みを浮かべて何やらよからぬことを妄想している修道女(シスター)。