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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第五章 『懺悔ホストクラブ祈り屋』

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「牧師(センセイ)……」と永久は唐鍔牧師の哀愁に暮れ泥む丸まった背中を見つめて口篭った。かける言葉が見つからないのだ。この人は常にその一瞬、刹那に全力を注いでいる。だから責任を他人に転嫁し、他人を否定することなど決して出来ない。不器用で愚直で、神すら呪えない。その鋭利な刃は稠(おおい)人(ひと)にではなく常に己が心を刻んでいる。
そんな彼女を、永久はずっと見てきた。自分にもわずかでいいからその辛苦を分けて欲しかった。
永久にとって一番の苦痛は、唐鍔牧師の支えとなれない、未熟で非力な、自分の弱さだった。
「ド畜生(ジーザス)ッ!!」
 その怒声に、永久は一瞬歯の根が合わなくなった。
 そうして独り、そっと足音を殺して立体駐車上を後にした。今の自分に、彼女にしてあげられることは何一つない。むしろ彼女はこういう時、総じて孤独を望んだ。
 だから気を利かせた──フリに浸った。
 何もできない自分の無力さと彼女の心痛に堪えかねて、逃げたのだ。
 そんな自分の不甲斐なさを紛らわし、また唐鍔牧師へせめてもの心配りから駐車場内の自販機で無糖と微糖の、それぞれ別メーカーの珈琲を買うために硬貨を入れてすぐだった。
 だん!
 本来の膂力の半分以下の以下、一〇分の一にも満たない拳で、自販機のディスプレイを殴った。アクリル板は歪み、中で並んでいるジューズや酎ハイ缶の模型は四散していた。
 それから「ふぅ……」と呼吸を整えると、
「何やっているんだ永久! お前は本当にあの功刀永久なのか!? もし俺の知る功刀永久なら、慟哭(な)くなッ!! 喚くなッ!! 顔を上げろッ!! お前は唐鍔虎子、唯一の執事なのだから!!」
 そうして気合を入れるために自身の頬に平手を叩きつける、と。不意に、鳥の啼き声が耳朶を打った。
 こんな夜も開けきらぬ時刻に、いったい。
 高い音。硬質的で聞いたこともない囀(さえず)りだった。それでもなぜだか耳はすぐに鳥の声だと判別した。
 背後で、自販機の中から缶珈琲が落ちてくるがこんという音が響いた。しかし永久はもうすでにそこにはいなかった。鳥の啼き声がしてきた方へ、咄嗟に走り出していた。
 鉄でできた非常階段を足音響かせ駆け上がった先は、今しがた唐鍔牧師と離別したあの場所。
「牧師(センセイ)ッ!」
「ああ、永久か、どうかしたのかよ」
背後で息を切らしている永久をよそに、唐鍔牧師は極めて落ち着き払った口調だった。
「大事ありませんでしかたか! 鳥の、奇妙な鳥の啼き声が聞こえてきたんですが……」
 言いかけて、永久は辺りを見わたした。二人のいるフロアは、先ほどと何ら変わりない。するとその時、唐鍔牧師がそっと口を開けた。
「赤いテレビが……出てきたんだ」
 テレビ?
 永久は心の中で反芻する。
「テレビの画面には無数の紅い鳥居がトンネルを作っていた、それこそ合わせ鏡のように」
 どうしたんだ、いったい牧師(センセイ)は……?
「その画面の鳥居の中から、女が、セーラー服を着た妙齢な女がわたしにこれをまかせるって……」
 ここで初めて唐鍔牧師は永久の方へ振り返る。その彼女の両腕に抱えられていたのは、しばらく前に三本の柱を持つ鳥居の中に消えた……少年の姿そのものだった。
「誰なんです? この子を助けた女っていうのは、いったい誰なんですか!?」
 永久の詰問に、唐鍔牧師はやおら首を横に振った。
「わからん。ただ彼女は一言だけ、自分のことを亜鳥と名乗ったよ」

† † †

 その後ハッカは功刀永久、唐鍔虎子の両名に保護され、この歓楽街に建つ教会──〝祈り屋〟に身を寄せることとなった。
 祈り屋はこの界隈では〝懺悔ホストクラブ〟と呼ばれる、かなり名の通った異質な教会だった。
 しかしそんなことは別としてハッカは祈り屋に馴染めずにいた。
「まだわたしらのことが怖いのかい」
「べつに、そんなんじゃ」
 二人は確かに若者の恐怖の対象、ケータイクラッシャーとして半ば都市伝説になるまでファウンデーションで暴れていた。
「ま、わたしらが不当な暴力活動していたのは事実だがよ? 仕方がない、なんて安い自己肯定はしない。けれどあのクスリをどうにかするにはあのチェーンメールを止めるしかなかったんだ」
 ハッカが《ケータイ交霊術(コツクリさん)》として行った呪い遊び、何でも願いを叶えてくれるネット上の神社──《虹(ナ)蛇(ギ)ノ杜(もり)》。
 しかし巷ではそれらとはまた別の都市伝説があった。《へびつかい座ホットライン》なる携帯でのみアクセス可能のS(ソーシヤル)N(ネツトワーキング)S(サービス)。そしてそこからダウンロードできる《デジタルドラッグ》なる電子麻薬。
 祈り屋の二人はこのへびつかい座ホットイラインから垂れ流される《デジタルドラッグ》を追っていた。
「あれは死を招く禁断の麻薬(キヤンデイー)だ。わたしたちは何としても、あれの拡大を阻止したかった。わたしたちケータイクラッシャーの行く先々で人が死んでいたのは、結局のとこ、助けられなかったからなんだよ」
「それはもう……聞きましたよ」
 遠慮がちで伏した面差しで、ハッカは言った。
「そうか」さして気にした風もなく唐鍔牧師は二杯目の珈琲を立ちながら机に片腕をついて煎れた。「お前の面がいかにもまだ納得がいってませんって言いたげだったから、なぁ?」
「……、……」
 ハッカは何も言い返せずに、下唇を噛み締めた。
「まだ何も……思い出せそうにないか?」
 その問いに、ハッカはこくりと頷いた。

 そう、ハッカは《虹蛇ノ杜》から戻ることと引き換えにセカイの果てでの出来事を、すべて忘れてしまっていた。

 無人駅で錆びついた時間に微睡んでいたことも《へびつかい座ホットライン》というローカル電車に揺られたことも《虹蛇ノ杜》という不可思議な神社へ入ったことも、カレルレンと名乗る不格好な着ぐるみを着た道化のことも、そして……そして自身を救ってくれた、亜鳥のことも、すべてハッカの海馬記憶中枢から抹消されていた。
 ぼくはあの時、相澤真希から《ケータイ交霊術(コツクリさん)》の詳しいやり方を聞くために街へ出て……それから何が起きたんだ?
 それに何で《ケータイ交霊術(コツクリさん)》なんてしようと思ったんだ。
 ……相澤真希って、どうしてアイツの名前が、頭にある?
 疑問ばかりが胸から頭に浮上して、けれど引き揚げられることなく再び胸の最奥に沈殿していく。
「そう重く考えなさんな」
 俯いてテーブルを睨むハッカの頭に、唐鍔牧師の手がのっかかる。スポーツをしている男のように、熱く大きな掌だった。
「うちは教会だ、施してなんぼ、奉仕してなんぼだ。いくらでもわたしらを頼れ」
「でも──」
「でもも伊達(だつて)も政宗もあるか! 子供が大人に気を使うな。つうか、ジーザスの懐の深さを舐めるなよ?」
 そう言って唐鍔牧師はハッカの頭をもみくちゃに掻き撫でる。
 ハッカは煩わしそうに顔を歪めた。
「ところでな麦村、一つ尋ねたいことがあるんだが」
 眼を細めながらハッカは、なんですか、と顔を上げた。
「これ、どっちがいいと思うよ」