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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第四章 『虹蛇(ナギ)ノ杜(もり)』

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車窓に映る風景は、やはり相も変わらずの竹林ばかりだった。
 風に揺れる笹の切れ間からオレンジ色の夕焼けの陽射しが零れ落ちる。
《セカイの果て》をひた走るローカル線《へびつかい座ホットライン》に乗っているのは灰色の髪を風になびかせた少年、麦村ハッカと、狐の面で顔を覆った数人の子供たちだった。
 ハッカの頭にも狐の面はあった。顔の正面にではなく、頭の横で斜に傾けられている。
 電車は山を這うよう大きく、また緩く蛇行しながら少しずつ傾斜を登っていた。
 子供だけという閉じた空間であるにもかかわらず、電車の中は異様なほどに静まり返っていた。シャラシャラと軽やかな音を奏でる笹の方が、よっぽど子供らしい。風と戯れはしゃぐ様相は、無邪気な子供そのものだった。
 空気が、変わった。
 気温が三度冷えたような、大気中から酸素原子が三分の一ほど──唐突に霧散霧消したかのような不可思議な現象。
 すると、線路の奥に鉄筋を組み上げただけの立体物が見えてくる。赤い錆が全体を包み、線路上を挟んで左右に支柱がそびえ、それを上下に並んだ梁がわたされていた。
 鳥居だった。
 赤くて紅い、朱色の鳥居。無骨な鉄筋でのみ作られた鹿(か)島(しま)鳥居だ。それも一つではなく、百か千か、数え切れないほどの鳥居が整然と、かつ延々と長い列をなしている。それはちょうどトンネルだった。高さ五メートルほどの電車そのものを囲む巨大な千本鳥居のトンネルだ。
 電車が、一番手前の鳥居をくぐる。と、その瞬間、電車に乗っていた子供の一人が、突如として消失した。消えて、なくなったのだ。
 またしばらく進むと今度は二人の子が同時に消える。
 また一人また一人今度は二人と、次々に狐面をした子供たちが忽然と神隠しにあっていく。
 そうして最後まで、電車の中に残っていたのは麦村ハッカただ一人。まさしく孤独(ひとりぼっち)だった。しかしそんな状況にあるにもかかわらず、ハッカのアルカイックな面差しは崩れることを知らない。ただ電車に身をまかせ、ただ状況に呑まれようとしている。
 右へ左へ、いくつものカーブを繰り返して登っているためトンネルの先は見えない。
 線路と鳥居はどこまでも続き、いつまでも続いた。
 しかし終わりは突如として訪れた。千の数の鳥居と、万の長さの線路の先にあったのは山の頂上。
『ご乗車ありがとうございます。まもなく虹蛇(ナギ)ノ杜(もり)、虹蛇ノ杜、終点です。どなた様もお忘れ物のないようご注意願います』
 緩慢になってゆくスピードの中、電車は駅に停った。そこにあったのは錆びた大きなコンテナに巨木の根がからまった歪な建物だった。駅という概念の外観とはおおよそかけ離れている。下の駅もうらぶれ、打ち捨てられ、零落してただれた様相を呈していた。しかしこの駅の前ではどんな無人駅、廃駅も見劣りしてしまう。ここはそんな、駅だった。
 空圧式の自動ドア開く。
《へびつかい座ホットライン》からは、誰も降車しようとはしない。何せハッカ以外皆消えていなくなってしまったのだから。さらに唯一残ったハッカは、魂が抜け落ちたような状態に陥り、ただ呆としているだけだった。
 なぜ自分がここにいるのか、何がしたくてここへ再び戻って来たのか。今のハッカには自分をふくめたすべての記憶が抜け落ちていた。
 かちゃり。
 不意に、奇妙な音が胸のあたりから聞こえてくる。しかしそんなのどうでもいい、まるで気にならない。
 電車は動かない。ハッカをまるで待っているかのように一向に動かない。
 仕方なく、ハッカは不承不承といった体でやおら立ち、電車を出てプラットフォームに降りる。すると同時に、電車──《へびつかい座ホットライン》が駅から発車する。
 駅舎へ進むと、そこには奇怪な形をした機械が設置されていた。錆びとも違う酸化現象を起こしていて、旧いが、それでも機能しているようだった。どうやら自動改札らしいというのはすぐに判明した。チカチカ光る矢印には切符を入れる細い穴が空いている。ローカル線に自動改札。少々アンバランスさはあるものの、ハッカの手にはキップが一枚握られていた。
「何だこれ」
 行き先は〝麦村ハッカ 虹蛇ノ杜行き〟と印字で記されている。
 何ら考えもしないで入れてみると自動改札機は正常に機能し前方をさえぎっていたバーが開いた。
「使えた」
 そう一言呟いて通過しようとした時だった。
 かちゃり。
 またあの金属の音が鳴った。それと同時に自動改札機が警告音を発し閉じてしまう、が、その前にハッカは改札を通り抜けた。
「何だよもう」
 コンテナのような外見の駅舎の中には、ハッカには読めない記号のような文字や数字がかしこに散りばめられている。朽ちた壁からは巨木の根が侵入して、大きいものから小さいつたのような根が至る所を這っていた。その根が生き物の血管じみていて、さながら巨大生物の体内を思わせた。
 駅舎から出ると、木々が枝葉でドーム状の屋根を作った参道の回廊が続いていた。
 幅の広い道。敷き詰められたブロックは石でも鉄でもなく、どことなくセラミックチックだ。踏み鳴らす音が妙に小気味いい。道の脇には〝狐狸道(コリドー)街(がい)〟という立看板が据え付けられている。そこからズラリと道の両端に並ぶのは古木に針で磔られた狐や狸、狗に猫などの獣面の数々。
 神楽(かぐら)に使う面打ち物から縁日の張子まで、種々雑多な面々が回廊側を睨む。
 ハッカはそれにもたじろぐことなく、独り閑散と静まり返る回廊(コリドール)を進む。風が吹けば糸で吊るされた面がカラカラと乾いた音でハッカを笑う。
 しかしそれすらも気に取られないハッカは、ほどなくして回廊の袋小路(おわり)に突き当たった。
 目の前の建物を見上げる。
 それを形容するなら、そう、まるで座礁した鯨の残骸。朽ち果てた金属の鉄筋(あばら)が飛び出し周囲に破片(ふにく)を撒き散らした、見るも無残な廃墟じみた遺跡。
 その背後には無数の鉄骨鳥居が組み合わさってできた巨大な電波塔があった。風で軋むその威容は、今にも轟音と共に崩れ落ちそうでもあった。
 廃墟の遺跡の正面には竹林に林立していた鳥居と同じものが壁に埋まっていて、それはちょうど門にあたった。鳥居の空洞部にシャッターがついている。
 かちゃり。

 そこに少女は、佇んでいた。

 黒いセーラー服の上から赤いチェスターコートを羽織り、頭にコートと同色のキャスケット帽を被った少女だった。
「────、────」
 ハッカに何かを訴えかけている。が、声が耳まで届かない。どこまでも遠く、ノイズのようなかすれた声しかやって来ない。それでも少女は必死に口を開けてしゃべっている。
「何? 何なの?」
 ハッカは足を踏み出し近づいてみる。すると少女の身体にホワイトノイズが走った。
 少女はさらに何かを言う。言葉は聞こえないが、伝えようとする熱意だけはハッカにも分かった。
「こ、な、い……で?」
 来ないで。
 ここには来ないで。
 彼女の口の動きはハッカにそう告げていた。

『いい加減、ジャマをするのはやめてくれないかな~』