小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ウロボロスの脳内麻薬 第三章 『デジタルドラッグ』

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
雲居の高い夜だった。まだ台風が過ぎたばかりで気圧が安定しないためか、雲は滔々(とうとう)と夜空を泳いでいる。全体的に薄くまばらで、月を隠しては過ぎていく。月明かりすら覚束ない、そんな夜。
 しかしそんな朧気な月明かりよりもなお虚ろな存在が、月下を降ること約三五万キロのこのターミナス・ファウンデーションにあった。
 この少女がそうだ。彼女は繁華街の片すみで膝を抱えて座っていた。
 すぐ両脇にはビルがそびえ立ち、その隙間に埋まるようにうずくまっている。
「………………………………」
 彼女はまったく動こうとはしなかった。
 ピクリとも、うんともすんとも。
 息をしていることさえ疑いたくなるほどに。
 肩が上下にすることも、胸がふくらむこともなく。
 ただ少女はそこにあった。
 目の前を通る人波は冷たく、誰も彼女に見向きもせずに過ぎ去って往く。
 一度も視線を向けることなく、合わせることもなく。
 そこに人間が、物体が、存在など初めからないかのように取り合わない。
「………………………………、………………………………」
 それどころか彼女を避けて通り過ぎて往く。その距離約半径一・五メートル。みながみな一様にその間隔を保っているため、少女のまわりには誰もいない半円形のスペースが綺麗に形作られている。
 そんなことが果たして本当にありえるのか?
 誰もその少女に一瞥もくれないのに、なぜこんなマスゲームじみた統率が取れるのか……。
 かつ。
 と、革靴の靴底を一際大きく踏み鳴らす人影が、少女に真っすぐ近づいて来る。
 人々が少女のまわりを正確な円形で避けるのに対して、二つの歩み寄る影は真っ直ぐうずくまる彼女の前までやって来た。
「よう、気分はどうだい──アルジャーノン」
 人影が投げかけた言葉に、少女はむくりと膝に埋(うず)めていた顔を持ち上げる。
 そしてその半開きで覇気のない双眸で眼の前の人物たちを見上げた。
 一人は白く細いボーダーの入ったダークスーツを着こなし、中に青のカラーシャツに赤いネクタイという派手な装いをしていた。頭には中折れ(ソフト)帽が載り、その下からは黒髪の長い三つ編みの御下げが腰までのびている。御下げの先の方には金と銀の幅広の腕輪が髪留めとしてはめられている。全体的に細いスレンダーな体型とのびるような長い手足は、実際の身長より高い印象をあたえる。中折れ(ソフト)帽のせいで顔はうかがい知れないが、口元からはニヤリと不敵な笑みと凶暴そうに尖った皓歯が零れていた。
少女は次にその後ろの人物に眼を向けた。
 放埒さを漂わせる黒服とは反対に、もう一方の人物は粛々とその後ろにつき従っていた。
 身長は前の黒服よりも幾分低い。およそ一六〇センチ台の真ん中程度。
黒いスラックスに白いドレスシャツ、さらに上から黒いベストを羽織っている。首には光沢の利いた琥珀色のシルクネクタイが綺麗に結ばれていた。手には前に立つ黒服の荷物と思(おぼ)しき黒いアタッシュケースが握られている。顔立ちはやや幼く、一〇代半ばほどだろう。
主人と従僕。
二人の関係は誰が見ても明らかだった。そんな距離感がこの二人にはあった。
「アタシ、アルジャーノンなんて名前じゃない」
「ああ、知ってるよ、そんなこと。けどお前さんはアルジャーノンなのさ。男が男、女が女、そして人間が人間であるように、ね?」
〝意味がわかるかい?〟そう言って懐に手をのばし、赤い紙箱から細長い葉巻のような煙草〝More〟を一本口に運び火を点ける。
「わらない。アタシはアタシ。それ以上でもそれ以下でもないもの」
「ま、そらそうだわな」
黒服は紫煙を吐き出す。すると少女は大きく顔をしかめた。
「どうした、煙草は嫌いかい?」
 好き嫌いという問題の以前に、彼女らが今いる繁華街は喫煙の禁止区域だ。しかしそれを問い咎める者はいない。それどころか誰も彼も一顧だにしない。
「アルジャーノンがわらないってんなら、少し質問を変えようか」
黒服が口から煙草を放すと同時に後ろに控えていた少年がすかさず携帯灰皿で灰を受け止めた。

──お前さん、《デジタルドラッグ》を使ったよな?

 一瞬、少女の肩がビクリと震えた。
「なんの……、こと?」
「カルトSNSへびつかい座ホットライン」黒服は人差し指をくるくると宙に円を描く。「お前さんらアルジャーノンは、確かあのネットワークにアクセスする権限を持っているんだよな。そーとークルらしいな、あの電子麻薬。今まで出逢ってきたアルジャーノンはみーんな、あれでキメてたよな?」
「あんたたちが……、ケータイクラッシャーなの?」震える声で問いかける。
「そんな風に呼ばれちゃいるな、あまり気に入らなんが」
「脳みそが失くなって死んでしまった子供たちに、みんなあんたたちがかかわってるって、本当なの?」
「…………」
 黒服たちは何も答えない。ただ少女はその沈黙を肯定と捉えたのか、
「アタシのことも…………殺すの?」
「さあ~……てね。そいつは、お前さん次第さね」
 一瞬、黒服の中折れ(ソフト)帽の鍔際から、鋭利な眼光を放つ隻眼がのぞいた。
 それに射すくめられた少女は、脱兎の如く背後の路地裏へ遁走した。
 するとその瞬間、誰も近づこうとしなかった少女の円形の周囲に人が流れ込む。人々は煙草に火をつけたままの黒服に嫌悪の表情を集めた。
「はっ、追いかけっこかい。嫌いじゃないな、そういう催しはさあ!」
 黒服が煙草を握り潰す。と、その拳の間からかすかな煙が昇った。

† † †

「う……、ぁぁ」
 小さなうめきと共に、ハッカは横たわるソファーから静かに身を起こした。それから開ききらない目を擦り視線を上下左右に走らせると、壁にかかった〝SEICO〟の時計を見やる。
 時刻は日をまたいだ午前二時。
 時計の文字盤を胡乱な眼差しでしばらく呆と眺めていると、急にソファーの上をまさぐり出した。そこで手にしたのは一つの携帯電話。
開いて画面を確認すると、もう赤い鳥居のマークは映っていない。
「夢……、だったのか」
 本当に?
 不意にハッカはある違和感を覚えた。
 首が、重い。
 わずかに、だが、普段と首にかかる重さが違っていた。
 ハッカは首元をまさぐると、自宅の鍵がくくられてある革紐に指が触れた。どうやらまだ首からぶらさげたままだったらしい。ハッカは革紐を首から外した。すると、
「これって……」
 革紐の先には長さ一五センチほどの螺子巻きがあった。鈍い金色をした真鍮製で、持ち手に穴が一つ空いている。
 夢の中で、セカイの果てで亜鳥に別れ際にもらったものだ。
 夢、じゃない?
「じゃあさっきのあれが……、ケータイ交霊術(コツクリさん)?」
 拾った携帯電話ともらったゼンマイとを交互に見比べる。
「チェーンメール」
 たしかスクランブル交差点で会った少女の言っていたケータイ交霊術(コツクリさん)は、携帯電話間を行き来する徘徊するチェーンメールが発動の条件だと言っていた。
 ハッカはすぐ様携帯電話のメールボックスを開き、はやる気持ちから次々上から順にメールを確認する。他人の携帯を。他人の個人情報を。