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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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太歳頭上動土(たいさいずじょうどうど)

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ザ、ザザザザ、ザ、ザザザザ。

電波の無機質的な荒涼感を漂わせる雑音に、私はしばし聞き惚(ほう)ける。
『……ウ……シロウ』
 イヤホンの奥から、どこかで聞き覚えのある声がした。
『優司郎』
 それは私を呼ぶ声だった。
『優司郎、お団子ができたわよ』
「母さん」
 そしてこの声は、わたしの母のそれだった。母が私を呼んでいるのだ。
 これは私がまだ十ほどの歳だったろうか、母はよく月見団子を作ってくれた。月に一度の御馳走に私はよくはしゃいだものだ。
 期せずして今晩は、十五夜の満月が頭の上で煌々と光っていた。
 今はもう亡くなって久しい母の声を聞きながら酒を呑んでいると、ほろと涙が頬を伝った。

 何故、父は母の葬式に來(き)てはくれなかつたのだらうか。

「よう優ちゃん、久しいな」
 雨月堂の扉を開けると、白スーツを着た長身痩躯の男が店主のようこと話していた。
「何だい優司郎、昨日の今日でもう来たのかい。大尉さんと三人で集まるんだったら菓子の一つでも持ってくればいいのに、本当甲斐性のない男だねあんたは」
「煩いな、俺がいつここに来ようと俺の勝手だ。それに菓子を用意するなら店主のお前の仕事だろうに」
 ここまで来て引き返すことが出来ず、私は不承不承に店の中へ入った。
「お前は何しに来んだ虎(とら)彦(ひこ)」
「ああ、女将にこいつの改造(アキユライズ)を頼んでいてな」
 そう言って手にしていた布の包から自動式拳銃を取り出した。
「やっぱり二梃揃ってないと締まらんな」
 今度は後ろ腰から回転式拳銃(リボルバー)を出し交差して構える。どちらも南部製の軍で使っているものと同種だ。
 こいつは探偵のはずなのに、なぜこんな物騒な得物を持つ必要があるのか、ほとほと理解に苦しむ。
虎彦は気さくで軽妙なやつだったが、私はどうもこいつのことが好きになれなかった。元々私たちは幼少の頃からのつき合い、所謂竹馬の友というやつだった。虎彦の家は没落した士族の家系で、とても厳しく育てられたためか生真面目と勤勉が服を着て歩いているよう男だった。が、家を再興するのだと陸軍士官學校に入り少尉として大陸の戦争に出兵して帰って以来、今のいい加減な性格になってしまった。
どうもこいつは戦争時に本隊とはぐれて五年も独りで大陸浪人をしていたらしく、その時に相当きつい経験をしたようですっかりヤクザ者になってしまった(軍では戦死扱いにされているため今では二階級特進の大尉殿だ)。
軍から横領した拳銃で探偵とは名ばかりの荒事で日々の糧を得ている。この間など女房の不貞の調査を頼まれたはずが、その女房を揺すってネンゴロして金までふんだくったと言うではないか。
このような派手な純白スーツで上辺ばかり着飾った伊達男ばかりなぜこうも甘い汁を吸えるのだ。私だって性欲を持て余した人妻の爛れた捌け口にされてみたい。
「ところで優ちゃんは何しに来たんだい? まさか女将としっぽりまったりするつもりだったんじゃなかろうな」
「馬鹿なことを言うな! 誰が雨月堂などと──」
「昔はこの子も〝ようこさんようこさん〟と眼を輝かせながらわたしことを見てたのにねぇ、今じゃもうただの助平親爺(オヤジ)さね」
 これだから厭なのだ。女狐に鴉天狗といったこの面子では、私の個性など芥(け)子(し)粒(つぶ)に萎んでしまう。
「ところでお前たち、太(たい)歳(さい)なるものを知っているかい」
「太歳? 知らんな、何だそれは、藪から棒に」
「曰く、不老不死の妙薬と言われているあれのことか、女将よ」
「おお、さすが虎の字。伊達に大陸を放浪してないねえ」
「まあな、その手の類の話はどこへ行っても耳に入るさ。他にもいくら食っても減らない肉の視(し)肉(にく)や仙人が食す丹薬の玉(ぎょつ)膏(こう)。あとは肉(にく)芝(し)なんて霊薬もあるな」
 私は少々この男の碩(せき)学(がく)さに驚いた。こいつの頭の中には暴力と情事しかないものだとばかり思っていたからだ。
「大陸の人間は遥か四千年も昔から不老不死なんて子供の絵空事にほとほとお熱になりやすい人種なんだよな~。で、その太歳がどうかしたかよ、女将」
「何さね、わたしも久々に本腰を入れて作ってみたのさ」
「太歳をか!?」
 思わず、声を荒らげた。以前から魔女、妖怪変化。妖狐、玉(たま)藻(もの)御(ご)前(ぜん)の成れの果てではないかと冗談半分で疑ってはいたが、まさかそのまま正(せい)鵠(こく)を射ていたとは……。
「金持ち相手に商売するんやったら、それだけ大仰なのがいいってことや」
 ようこは店の奥から何やら水槽に浮かぶ海月(くらげ)とも毬(まり)藻(も)ともつかないぶよぶよとした摩訶不思議な物体を持ってくる。
「雨月堂よ、こいつはいったい……」
「だからこれを成金連中に売り付けるのさ、不老不死の妙薬として。あのさんたちは戦争景気で儲けて金がある上に、いつ身を崩すか心配で堪らないのさね。そこでこの太歳の出番って訳さ。こいつを隠し財産兼不死の不安を取り除いてやる精神安定剤にしてやるのさ」
「「…………」」
 私は言葉をなくした。あの虎彦ですら中折れ帽の鍔下の表情は本当の本当に白けたものだった。
 結局、私はあの赤い石の出自をようこから聞けないまま店を出た。あの空気ではとてもではないがまともな話を切り出すのは至難の技といえた。今日は星の巡りが悪かったのだ。また今度聞けばいい。

 もう陽も暮れ泥み出した夕刻のことだ。帰路についていた私は路面電車の停留所にいた。
 これに四十分揺られて、さらにボンネットバスに乗って田園風景が見えてくればやっと私の家に着く。
「……ん?」
 肩かけ鞄の中から何やら雑音めいた音が聞こえてきた。街の雑踏に掻き消えそうだが、確かに私の鞄から何かが音を立てている。
 開けてみるとそこにはなぜか入れた覚えのない鉱石ラヂヲが入っている。これはいったいどういうことだ。
 神妙な思いで耳にイヤホンを入れると暫くすると子供の啜り哭く声が聞こえてくるではないか。
 しかも聞こえてくる音には方向がある。私の視線に合わせて音が大きくなったり小さくなったり、雑音が濃くなったり薄くなったりしている。まだ電車が来るには時間がある。気になった私は、停留所から離れ大通りを一回りすることにした。
 その先に行き着いたのは一本の電柱だった。下には花束が献花されていた。
 私は妙な胸の痛みを感じた。
「すみません」
 隣に構えていた自転車屋の店主に声をかけた。
「このお花って……」
「ああ、こないだ子供が轢かれたんだよ、自動車でな。ったく、店先で人死なんて縁起が悪いってのによ。ただでさえうちは二輪(バイク)だって扱ってるのに」
「えっ?」
 私は言葉をなくした。胸板の裏側から錐を刺されているような錯覚が襲った。あまりに厭な痛痒さに、私は胸を掻いた。
「はっ!」
 手に持った鉱石ラヂヲを凝視する。
 もしかしたらこれは、棄ててしまった方がようのではないだろうか。

 旧い我が家。暗い我が家。陰鬱な我が家。
 烏賊(イカ)の塩辛が旨かった。最近酒ばかりで飢えを紛らわしてまともに腹が膨らむものを食った記憶がない。