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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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玻璃の夏 ~狐の嫁入り物騙り~

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毎日毎日、茹だるような暑さが続いている。もうそろそろ高気圧くんも夏季休暇なり盆休みなりをとってもいいように思えて来るのだが、彼は今年も手加減なしでそのあり余る労働意欲を発揮したいらしい。まったく、とんだワーカーホリックもあったもんだ。周りの人間がどれだけ迷惑しているのか、彼は気がついているのかね。
 なんて取り留めもない思案を巡らせながら、ふと空を仰いで見た。そこから去来する感慨は、やっぱりどうしようもないくらい空は青くて、やっぱりどうしようもないくらい空は高いなんていう、大学の文学部にまで入ったのを自分でも疑ってしまうほどの、やっぱりどうしようもないくらい語彙(ボキヤブラリー)の貧困さを改めて確認しただけの、やっぱりどうしようもないくらい自分には意味も価値もないと突きつけられたような気分だけだった。
 などと自分を見失ってる風の青年を頭の中で演じていると、ようやく石段の頂上まで辿りつくことが出来た。
 ついさっきまで苦労して登っていた石段を振り返ってみると、そこには果てしない海と空と、所在なさげに浮かぶ有限の島国が広がっていた。
 少しだけ息が上がる肺に栄養を与えてやる為に、煙草(キヤメル)を一本銜えて火を点ける。
 夏場の炎天下というバッドロケーションで呑む煙草も、何がしかの達成感というスパイスがあれば、なるほど美味いものだと実感出来る。
「ふぅ~……」紫煙と溜息をいっしょに漏らす。
 何はともあれ、もうこの島への逗留も、残る所あと一日となったわけだ。
 ちょいと視線を下へ傾けてやると、そこには海に沈んでしまった港と、わずかに水を被った島を囲む県道とがあった。
 四方すべてを海に囲まれたこの島は今でこそ孤島だが、元々は本土と地続きのれっきとした半島だった。
 近年の海水面の上昇だの、なんたらかんたら現象だのおかげで、県道と鉄道が通った本土と地続きだった土地は、もう三年も前に完全に海へ沈んでしまった。
 それからはまるで恒例行事か何かのように海はどんどんこの島を浸食していき、こと今年にいたっては、島の四十パーセントは人が住める場所じゃなくなった。
 こんな内容がテレビのニュースで流れていても、きっといつもの僕ならたいして気にも留めず、画面の端にある天気予報のマークでも観ていたことだろう。 
 けれども身内がこの島に住んでいるのだから、そんな悠長に構えてもいられない。
 丁度一週間前のことだ。大学が夏休みだった僕に、両親が急にアルバイトを依頼してきた。それがこの石動(いするぎ)半島に住む祖父母の引越しの手伝いだ。
 祖父母の家はある程度の高台に位置しているため、すぐには浸水することはない。が、市の対策室が来年の六月までに島を離れるようにとの退去勧告を突きつけて来たのだ。
 元々異常なまでに過疎化が進んでおり、島に残されていたのは漁業を営む祖父たちのほんの一握りの島民だけだった。この島で生まれ育った祖父母は、最後の最後まで居座り続けると引越しを頑ななまでに拒んでいたが、昨今の異常気象で懸念されている大型台風に背中を押されるかたちで、ようやく離島を決意した。
 引越し屋に頼めばいいものを、自分たちの力だけで出ていくと聞かない祖父母の手助けをするのに、暇を飽かしていた僕に白羽の矢が立ったのだ。
 けれどホント言うと、僕は暇であってはいけない。なぜなら大学の卒業論文に着手していなければならなかったし、もういい加減この時期に就職活動も終わらせておきたかった。そして何より、学生生活最後の夏といえば、彼女との思い出づくりと相場が決まっている。
 が、僕はそのどれからも逃げ出した。論文で書きたい内容など思いつかず、昨年から続けていた就活はここに来て息が切れ中弛み状態に。そして……そんなうだつの上がらない僕に愛想を尽かせたのか、三年間つき合っていた彼女が別れ話を突きつけて来た。
 特に彼女を留めておく理由のなかった僕は、彼女の宣告を一も二もなく了承した。そうしたら急に、彼女はその場に泣き崩れてしまった。
 ──なんで?
 ──どうして?
 そんな率直な疑問が、頭の中に自動列挙される。
 あとでそのことを友人に話してみると、「ゼ~ンブ、お前が悪い」と一方的に決めつけられてしまった。
 確かに、自分が他の人たちと多少ズレてるのは分かっていた。もしかしたらそれが別れる原因になったのかもしれない。
 僕にはずっとある違和感がつき纏っていた。それは月を一つ跨ぐ度、歳を一つとる度、自分の中の〝ナニか〟が失われていくような、身を切るとも削るとも違う、寂寞とした空白感。その〝ナニか〟が何なのかは、自分でも理解(わか)らない。けど、それは確実に僕から抜け落ちていく。
 大人になればどうにかなるかと思った。大人になって、自由になって、注意も叱られもしない、そんな子供の頃に夢見た憧れが手に入れば、もしかしたらどうにか出来るかもって、そんな淡い幻想を抱いた時もあった。
 でも結局、いつしか足掻くのを忘れて、他人と、何より自分との折り合いをつけることばかりうまくなって、騙し騙し……大人になってしまった。
「……あ」
 いつの間にかヒィルターが焦げるまで煙草を吸っていた。
 吸殻を携帯灰皿に片して息が落ち着いているのを確認すると、重たい腰を石段から持ち上げた。
 今日の午前のところで、ようやく引越しの作業が一段落ついた。あとは今晩一晩泊まり、明日の昼に祖父の漁船で本土へ渡ればいいだけ。
 長くもあり短くもあった一週間が、あと少しで終わろうとしている。
 しかし明日の昼まではまた随分と時間がある。しかもこの島に来て初めてのまとまった余暇だ。祖父母は好きに時間をつぶせと言ったが、ただでさえ田舎で何もなかったのに、この水没騒ぎで店屋のことごとくがもうすでに島から消えてしまっている。どうしたもんかとズボンを捲って島を散策していると、はたと見覚えのある鳥居(シンボル)が目に止まり、気がつくと吸い寄せられるように神社の石段を上っていた。
「けど、ま、見事に打ち捨てられたもんだな」
 境内には至る所で落ち葉が重なり、手(て)水(みず)舎(や)の水は緑色に濁ってアメンボやらの虫がいくつも浮かんでいる。たしかこの時期なら、盆祭りだか納涼祭だかの準備でそこそこ活気づいているはずなのだが……。
「それももう叶わぬ朝露の如し、か」
 仕方が無いので適当に参拝だけしてやろうと石畳を進んで社殿の前へと赴いた。
 各硬貨をそれぞれ一枚ずつ、合計六十六円を賽銭箱に投げ込んでから鈴を鳴らし、二礼二拝一拍と、全国的にみて一番無難な拝み方をする。神主がいなくなり、きっと御神体も本土のどこかへ移されているだろうけど、日本人は曖昧さ(グレー)の中から何か(サムシング)を得る民族なのだと昔誰かが言っていた。だからこうやって手を合わせるのにも、きっと何がしかの意味はあるだろう。
 そんな誰かさんからの受け売りを心の中で噛みしめていると、不意に社殿の中でカタッという乾いた音が鳴った。半開きの扉から射すわずかな日の光で、皿のような平べったいシルエットが見える。
 数十秒から一分くらいか、僕はその場で逡巡して、躊躇いながらもそっと扉を開けた。