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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第二章 『ケータイ交霊術』1

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学校から離れたハッカは、最寄りの路面電車の停留所にいた。
 ターミナス・ファウンデーションの主な交通手段は、島の隅々まで行き渡ったライトレールトレインにある。これは中小規模の鉄軌道システムのことで、エコロジーかつ低コストの観点から、市街地エリアの移動には路面電車(トラム)が採用されている。
 駐車スペースの限られた人工島(フアウンデーシヨン)では市民の多くがこれを利用しているため、交通渋滞はめったに起こらない。そこには交通渋滞マネジメントを駆使し、計算し尽くされた都市構造の賜物といえた。
 ハッカの眼の前に、静かなコイル音をともなった流線型の二輌だて車輌が到着する。
 プシュッーという音と共にボディの一部が隆起。プラグドアはそのまま横へスライド開閉する。
 低床式の車内は、背の低いハッカでも楽に乗り込ませてくれる。
 夕方ということもあり、乗車率はおおよそ一二割ほど。車内では立って吊革に手をかける人たちがちらほら。
 吊革まで手の届かないハッカは、仕方なくドア前の手すりをつかみ、窓ガラスから街の風景を眺めることにした。
 視界を流れるのは無機質然としたコンクリートジャングル。
 しかしその、どこの都市部でもありふれた被造物で構成された密林は、この街ではかなり事情が違っていた。
 そも、このターミナス・ファウンデーションという人工島は、房総半島の一(いち)地方都市、暁(あき)刀(と)浦(うら)市の沿岸に建造されながら、実際には市の一部として数えられていない。いや、むしろ数えさせてくれない、と言った方が正しい。
 それにはこの街の生い立ちが関係している。
 世界有数の多国籍企業集合体、コングロマリット──ターミナス。人工島は、この巨大企業が膨れ上がって複雑化した企業体系の整備と、その技術を一つに集め、より多くの利益を得るためのコアコンピタンス戦略に端を発している。
 それにはまず、自社の傘下・関連企業の施設を収容するための広大な土地が必要だった。当初はハイテク産業の聖地であるアメリカ・アリゾナ州の隕石跡地(クレーター)に構える予定だった。隣のカルフォルニア州からの企業流出が著しい当州は、ターミナスがその身重な身体を移すには充分な度量を備えていた。
 しかし計画は早々にして頓挫。技術部門がハイテク産業のみに収まらないターミナスにとって、陸の孤島ともいえる砂漠地帯では物資、人員、技術のアクセスの不便さは眼を瞑るにはあまりに致命的だったのだ。
 そこで持ち上がったのが〝陸・海・空路、そのすべての道を拓くには、海に面した大型の都市部近郊に一から土地そのものを造るしかない〟という大胆な解決方法だった。
 その候補地に挙がったのがアメリカの西と東の両海岸。地中海に面したヨーロッパ諸国。けれどもそれら列強を押しのけ選ばれたのは、極東の小さな島国だった。
 選択を疑問視する声も多かったが、太平洋を前にした海路網や、昨今目覚しい発展をみせる東南アジア・インドとのアクセスから、最終的には落ち着くことになった。
 しかし海を埋め立て、そこに一から街を造るとなると、その資金繰りはいくら世界有数の巨大企業でも簡単にはいかない。が、それはそれ、当初の計画にあった〝自社(コア)の技術(コン)を一つに(ピタ)集める(ンス)〟の理念から傘下企業から最新の技巧を流用。ジオデシックドーム理論やティンセグリティ構築法を応用したカーネギー理論により、低コストかつ高い強度の土台を造るのに成功。
 これにより通常の人工島では難しい増改築を容易に可能とした。そのためファウンデーションは人工島でありながら破格の土地規模をほこり、旧く不便となった区画はすぐに再開発がきく。
 他にも台風や地震、地盤沈下に液状化現象と、どんな自然災害にも耐えうる構造をしている。
 また近年特に力を注いでいるのがエコエネルギー開発だ。近海に設置した年間生産電力七〇〇万KW(キロワット)をほこる七基の大型風力発電機に始まり、浄水施設に組み込まれた水圧差式発電機関。人工島の下に一部海水の通り道をつくり出来た水力発電施設。また波の揺れから電気を作るという、実用化されて間もない高効率ジャイロ式波力発電システム。極めつけは、太平洋沖合で開発中のメタンハイドレード採掘プラントと、そこから生まれる天然ガスを利用したコジェネレーションシステム。
こうして作られたエネルギーは日本本土にも当然売られている。
文化文明を根底から自分たちだけで完結させたこの人工島は、正に人類の叡智を集結させた要塞といえた。
またこれらの試みで次世代型の都市モデルとして完成をみせたファウンデーションは、各国自治体へ向けたコマーシャル戦略を展開。日本に竣(しゆん)工(こう)された人工島を広告塔に、海に面した国へ同型の都市モデルを売りに出したのだ。
それによりアメリカでは西海岸に一基と東海岸に二基。イギリスに一基完成させ、イタリアでは目下建造の最中にある。
しかし日本にある初代のファウンデーションだけは、どの自治体にも払い下げられることもなく、今も純粋に自社のためだけに機能している。そのため一番旧いにもかかわらず、その都市水準はどのファウンデーションよりも高い。
そうやって他のファウンデーションとの差別化を図っていった初代は、本来の基礎・土台(フアウンデーシヨン)という意味に新たに財団(フアウンデーシヨン)の項を追加し、文化保全財団──〝ターミナス・ファウンデーション〟として新たなスタートを迎えた。
要はコングロマリットの一部を、縦割りの組織構造から完全に独立化させ、企業城下町としてではなく企業自治都市としてファウンデーションの統治、運営をする組織を創ったのだ。
これにより単にファウンデーションと呼称した場合、それは日本の人工島、財団法人を差すようになった。

「ケータイクラッシャーって知ってるか」
「あ? それって最近夜中に出るっていう通り魔のか?」
 その会話はハッカの背後で囁かれていた。白樺学園のものとは違う制服を着た男子校生二人組だった。
「こないだ中学の先輩が襲われたって言うんだよ」
「マジか。俺ずっとあれ都市伝説かなんかだと思ってたんだが……。じゃあさ、やっぱあいつらって」
「ああ、噂通り、見るからに怪しい全身黒ずくめの二人組だってよ。ファウンデーションの中心街(セントラルエリア)で文字通りケータイぶっ壊されたって」
「えっ、じゃあ夜遊びできねーじゃん。暁刀浦とかマジ遊ぶとこないんですけど」
「この機会にちったあ勉強に時間を使え」
「いや~、〝わかっちゃいるけどやめられない〟ってスーダラ節で植木等も言ってんじゃん?」
「バッカ、あれは元々親(しん)鸞(らん)上(しよう)人(にん)の教えだよ」
「知らねえし、宗教とかねぇよフツーに」
 世間話はいつしか談笑に変わっており、ハッカの背中は二人の笑い声で押されるようにわずかによろめいた。ライトレールが停車するために減速したからだ。窓からの景色にはオフィスビルが立ち並ぶビジネス街が広がっていた。
 ほどなくして車輌は停車し、ハッカは停留所のコンクリートに向かってトン、と靴音を弾ませ降りる。
 周囲では颯爽とスーツで風を切るビジネスマンが雑踏していた。