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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第一章 『首吊り御伽草子』

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 しかし実際には胸ではなく腹部、特に鳩尾(みぞおち)と呼ばれる急所へ彼女の頭部がクリーンヒット。口から苦(く)悶(もん)が零(こぼ)れる。
「……リ、リカ。……わ、わかっているとは思うが、キミとボクの関係はもうとうに終わっている。……たしか今は、イサムくんっていう同い年のボーイフレンドがいるはずじゃ──」
 男の意地でなんとか地に足をとどめ、弱々しいながらも精一杯の力で言葉を紡ぐ。
「彼とは別れたわ」
 目の前の少女は無情にも一言で切り捨ててしまった。
「え?」
 どういうことなんだ、と続けようにも、腹部からくる猛烈な嘔吐(えず)きで思うように口が動かない。
「その後に滝沢かけるくんって子ともつき合ったけど、彼、精通すらまだきてなかったわ。今は匠(たくみ)くん、温(あつし)くん、翔(かける)くんって子たちがわたしの彼氏。でもどれもいまいち。やっぱりわたしには〝初めて〟のあなたが忘れられなかった」
 リカのその言葉で、目眩と吐き気が同時に襲ってきた。確かな質量をともなった言葉の暴力が、わたるの態勢感覚を狂わせた。
「え? イサムくんが三人目だから、ぼくを合わせると……」
 全部で七人。
 この少女は、まだ一一歳という身でありながら、すでに七人もの男子をその腹におさめたと言うのか。
「うっ……」
 口の中がすっぱい液体で満たされてゆく。
 もしリカをこうしてしまった原因が内ではなく外に存在するのだとしたら。それはおそらく初めて彼女と関係を持った自分にあるのは言うまでもない。
 すると自分でも知らぬ間に、腕がリカの背中へと回っていた。
「わたるくん」
 眼前の少女は顔を赤らめ瞳を潤ませる。
「Mっ気の強いわたるくんには、やっぱり最初に放置プレイをするのは効果テキメンだったみたいね」
 仮にこの状況が、彼女本来の気質に起因していたとしても、その萌(もえ)芽(め)を作ってしまったのは自分にあるはずだ。なら、迷う必要なんてどこにもなかった。
 わたるは、ずっとこの少女の傍にいることを決めた。

† † †

「相変わらずヒドいですね、理事長の脚本は」
 ハッカは人差し指と親指で摘んで持ったA4プリントを、ピラピラ空中で泳がせながら言った。
「え~、終わって早々それですか~? なんかもっと感想とかないの?」
「カカオ〇・五パーセント」
「何ですか、それ?」
「わたるは〝甘すぎ〟。まぁ、嫌いじゃないですけど」
「でもでも、それ夜鍋して作ったんですよ。好悪と愛憎の極地を垣間見た、とか、映像化してカンヌにだしたらオスカー間違いなし、とか」
「この話のどこが愛憎劇なんですか。それに、オスカー像はアカデミー賞。カンヌはフランスの国際映画祭です」
 と、ハッカは机越しにプリントを突き返す。
「ちぇ、今回は結構がんばったのになぁ」子供のような拗ね方を見せたかと思うと、すぐに曲がった口元とまなじりを整え、「まあ、でも、楽しかったからヨシとしましょうか。いつもつき合ってくれて悪いですね、麦村くん」と、柔和な笑みをハッカに向けた。
 それから女性はソファーから立ち上がり、部屋のすみに置かれていた電気ポットで紅茶を淹れ、戸棚から洋菓子が盛りつけられた器を取り出した。
「砂糖は三つでよかったですか?」
「四つです。あとレモンじゃなくてミルクがいいです」
 はいはい、と、部屋の主は小さな賓(ひん)客(きやく)の細かな注文に応える。
「はい、どうぞ召し上がれ」
 ガラス板を張ったテーブルに自分とハッカのティーカップを一つずつと、白磁の菓子器を真ん中に置く。
 ハッカはそれを無言でもふもふ口に頬張り始める。
「どう? おいしい?」
「フツー」
 にべもなく吐き捨てる男の子に、女性は溜息まじりに「言うと思った」と漏らす。
「ホント可愛くないですね、君のそういうところ」言葉とは裏腹に、その声と目線には少年を慈しむようなものを含んでいた。「でもま、それが可愛くもあるのだから、困ったものです」
そうして自身も茶器に指を通し口元まで運ぶ。その所作には一分の隙もなかった。ソファーに座る姿勢から指先に至るまで、見事に淑やかさを身に纏っている。
 それもそうだ。彼女はこの小・中・高一貫校──白(しら)樺(かば)学園を統べる理事長だ。上品でないはずがない。
 その歳は初老を間近に控えた三九だというのに、老いを感じさせないどころか逆に女に磨きをかけている。
 容姿端麗、頭脳明晰、公明正大。それら金言すべてを体現した女性だった。
 それでもどんな人間にも他人には言えない性癖……もとい特殊な趣味の一つや二つや三つはあるものだ。それが彼女にとっての、
「はぁ、やっぱりリカちゃん人形っていくつになってもいいですね」
 この茶髪でロン毛の女の子の人形なのだ。
 その横には髪型を七三分けにした旧めかしい男の子の人形と、理科室を模した模型(ジオラマ)とが並べられている。
 つい先程まで、ハッカはこれで彼女の人形遊びにつき合わされていた。
 それは子供なら誰もが一度は経験のある設定を用(もち)いたオママゴト形式の戯(あそ)び。しかしその異常性を箇条書きに上げるとすれば、それは枚挙に暇(いとま)がない。
 まず本来の五、六歳の対象年齢を大きく逸脱した大人が遊んでいる点について。
本人が言う分では自分の内面はリカちゃんと同じ一一歳のままだから全然問題ないとのことだが、やはりそれも無茶以外の何物でもない。結局対象年齢を一回り上回っているし、三九にもなったいい大人が〝精神年齢は一一歳のまま〟などと憚(はばか)らなくては、寒気を通り越して痛々しさまで醸している。
 場面設定まであらかじめ一字一句テキストに書き起こしているが、その内容は明らかに本来の小学校のありようから外れている。女の子にとってのアイドルのはずのリカちゃんが、理事長の脚色では魔性の女を通り越して売女(ビッチ)にまで貶(おとし)められているのだ。
 ただそれも本人の談によれば、趣味ではなくオフィシャルの設定を汲み取ると仕方のないことらしい。
 何が仕方ないかと言えば、結局リカちゃんに小学生のうちから何人ものボーイフレンドを侍(はべ)らせていたのに変わりはないからだ。それはもう逆ハーレム、女(おんな)好(こう)色(しよく)魔(ま)と呼ばれても差支えない人数にまで膨れ上がっている。が、もっとも営業戦略上それも致し方ない。長い年月売上を維持しようと思えば、商品をつねに更新(アツプロード)し変化を与えるのは至極当然の選択だ。
 理事長はそれらを統合し、矛(む)盾(じゆん)がいかない設定を思いついたに過ぎない。
「だからって、自分の学校の生徒にさせることじゃないですよね」
 左手に空のティーカップを差し出して〝おかわり〟を所望する少年は、呆れるように肩をすくめた。
「まあまあ、そう言わないでください。この歳にもなると、なかなかつき合ってくれる友達も見つけにくくなるんです」
 受け取ったティーカップに注がれた紅茶の水面に、苦笑を浮かべた女性の顔が映る。