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アイラブ桐生 第4部 最終回

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 うつむいたまま、
小春姐さんが私へ近づいてきました。
聞き取りにくいきわめて控えめすぎる、小さな小春姐さんの声でしたが、
喜びいっぱいの響きが、そこには十二分すぎるほど
含まれていました。



 「長年待たせたが、
 籍をいれてくれると言ってくれはりました。
 あんひとったら。いまごろになって、やっと・・・・」

 それだけのことを、
ようやくの思いで私に伝えると、小春姉さんは堪えていたものが
溢れだしてきて、ついに肩を揺らして泣き始めてしまいました。
大粒の涙がとめどもなく、次から次へとあふれてきます。

 照れ顔の順平さんが寄ってきました。
背後から、泣いている小春姉さんを、力を込めて
しっかりと抱きしめました。
しかしもう一方で、順平さんの右手は、『照れくさいから早く行け」と、
私に向かって、忙しく振リ続けています。
勿論、その目は笑っていました。



 どうだ、といわんばかりで
得意顔の源平さんを、ぴったりと寄り添ったお千代さんが、
満足と満面の笑顔で見上げています。
「おおきにお世話になりました」
にっこりと笑った春玉が、静かに深く、頭をさげています。

 舞妓となった「おちょぼ」も、
まもなく舞妓を卒業をして、芸妓に生まれ変わるための、
初めての春を迎えようとしています。
長い歴史を持つ花柳界の祇園にまた一人、
小粋な芸妓が誕生するのはもう真近なことになりました。


 ふうっと袖を翻した春玉が、
きりりっとした面立ちを見せた後、赤い唇を綺麗に真一文字にむすんで、
ふわりとひとつ舞姿を見せてくれました。
あでやかに立ち、かろやかに身体をひるがえすと、
手にした春玉の扇は、再びひらひらと宙に向かって舞いはじめます。


伸ばされた春玉の真っ白い指は、
真っ暗な祇園の空を通過して、さらに北東に向かって連なっていく、
大きく輝く星たちの群れをさししめしました。

別れ際に見せてくれた春玉の美しすぎる舞は、北斗の方角にあって、
私の故郷で待つ愛しい人の胸に、早く帰れと言うように、

舞ってくれたようにも見えました・・・・

祇園は、たいへんに小粋な街です。



 見送ってくれた春玉の黒い瞳が、
いつもよりも艶やかに潤んで輝いていたのは、たぶん、
うれし涙のせいかもしれません。
京都から群馬へと急ぐ私の最後の旅は、深夜を走る
急行列車が待つ京都駅から始まり、明日の朝には、レイコの待つ桐生で、
ようやく完結をしょうとしています。


 もう一度振り返った時に、肩を寄せて立ちならぶ、
順平さんと小春姉さん、源平さんとお千代さんの前で、
ふたたび袂を振る春玉の舞姿がありました。



『ヨオォッ、にっぽんいち!』


 源平さんが、そうひと声かけたあと、春玉が
黒塀を背景に、見納めの舞をひと舞、ものの見事に舞い納めてくれました。
金色に輝く舞扇が、北東の空をもう一度さししめした時、春玉の瞳が
キラリと瞬間的に輝いて見えたのは、おそらく一筋だけ流れた、
乙女の涙のせいだと思います。



アイラブ、桐生  完