「哀の川」 第三十四話
「杏子姉さん、結婚おめでとう。何を話そうかといろいろ考えて来ましたが、今気持ちがいっぱいになってしまって、話せません。僕のこと一番大切にして来てくれた、姉ちゃん・・・今度は佐伯さんのこと一番に大切にしてあげてください。心から祝福します。大好きな杏子姉さんへ・・・斉藤直樹より」
言い終えて、直樹はあふれる涙を堪えきれなくなった。杏子は席を立ち、直樹に近づき、強く抱きついた。その泣いている二人を見て、その場の全員が涙していた。会場係の人たちも泣きながら、祝福の拍手を惜しみなくしてくれていた。
杏子は流している涙で、直樹の思い出を洗い流そうとしていた。肩の震えが収まり、顔を上げて、直樹にずるずるの声で、「お嫁に行くのよ・・・やっと・・・離れ離れになるけど、心配しないで。幸せになるから・・・」
二人の抱擁と流した涙の意味を佐伯も純一も麻子もそして両親も解っていた。これでいいのだ。これからが本当の幸せが来るのだと、杏子に惜しみなく拍手をしていた。
お開きの後、佐伯と杏子はホテルに泊まる予約をしていた。直樹と麻子、純一は斉藤家に帰った。思い出の二人だけの夜が、今始まろうとしていた。
作品名:「哀の川」 第三十四話 作家名:てっしゅう